ジワッホ、ジワッホ。
なんだかとても長い夢を見ていた気がする。
子どもの頃に夢の中で住んでいた場所、信じられないくらい鮮やかな景色。
あの頃、たしか私は小学生の低学年くらいだったと思う。
その時に感じた不思議な感覚、それは、、、
言語化して周りの大人たちに説明するには、あまりにも私は幼すぎた。
いつかどこかに書き残さなければならないという想い、
いつか誰かに話して楽になりたいという想い、
しかし書こうとしても話そうとしても、
どこかでそれを拒絶する自分がいて、
なかなかできずに30年以上が経ち、私はいい歳をした大人になってしまった。
今書き残さなければ、一生書くことはないだろう。
なぜなら、「私が私である」と認識しているこの意識が、
いつ消滅してしまうかわからないからだ...。
***
心理カウンセラー:「怖いと感じましたか?」
私:「子どもは無力なので遠くから眺めていましたね、何となく自分の世界の外側で起こっている出来事として認識していたので恐怖は感じなかったかな。ただ、時々ですが風船の中にいたり、水族館のガラスの向こう側に世界があるような不思議な感覚を覚えることがあります」
私:「あと、怖い経験なのかわかりませんが、独りで海水浴に行って沖に流されて救出されたり、山登りをしてイノシシと衝突して崖から転落したり、下水道の中に入って閉じ込められたり、いわゆるヤンチャな悪ガキが一度は経験するようなことはひと通り体験した気がします。どこの田舎の子どももたいてい小さい頃に経験するものではないかと思います。あと、通学途中で襲ってくる野良犬とよくケンカをしていたようです。記憶があまりないですが。。。」
***
【科学とエセ科学】
人は誰もが、少しばかり不思議な経験をしたことがあるかもしれない。
私はその時に感じた不思議な感覚や体験を、時として誰かと共有できずに苦しむことがあって、今も苦しんでいる。
非科学的な話は昔から嫌いだ。
幽霊や死後の世界、UFOや宇宙人とか、いわゆる都市伝説的なスピリチャルやオカルト的な話題は、ファンタジーとしては聞いていて面白いが、あくまでも創作物であって、申し訳ないが私はそれを信じてはいない。
時々、少し頭のおかしい人に遭遇する。
霊感があって夜になると霊が見えるという人、死後の世界に行って三途の川の手前で故人に説得されてこっち側に帰ってきたという人、宇宙人とテレパシーを使って交信しているという人、あるいは時空を超えてタイムトラベルをしたという人、などなど。
例えば、霊というものが存在すると仮定しよう。
もし霊が見えるというのであれば、それは霊ではない。仮に霊が精神的(スピリチャル)な存在だと言い張るのであれば、それが見えてはいけないからだ。だからある意味でお化け屋敷は恐怖だ、だって入場料を払えば霊が目で見えてしまうんだから(笑)
もしそれが本当に目で見えるとしたら、それは肉体的(フィジカル)な存在であって、それはどう考えても脳の錯覚に過ぎないだろう。光の屈折によって私たちの意識はしばしば脳の錯覚を引き起こす。
月明かりや星のない夜空の下、電灯もない暗い場所では光の屈折は生じず、完全な暗闇では脳は錯覚することはないだろう。そもそもお墓の近くで霊が見えるとしたら、それは供養されていないわけだから、そのお寺や教会はインチキということになるのではなかろうか(笑)
昔からお守りとかお札とか、目に見えない特別な力を持つ(とされている)もの、何だかわけのわからない偶像や壺に法外な値段をつけて売る大人たちが嫌いだ。原価がほぼ無価値の紙や粘土のかたまりを売って利益を得る大人たち、そしてそれをありがたがって安心という幻想にとりつかれる人たち。
子どもながらに大人たちがやっていることが不思議でしょうがなかった。人間の不安や恐怖、コンプレックスというものは少し刺激するだけでいい商売になるものだなぁとつくづく思う。
また、死後の世界があると仮定すれば、私たちの意識は一体どこに行くというのだろうか?
そもそも私たちは心臓が止まれば、肉体の活動は停止し、時間差で血液の循環が止まり、虚血状態になった細胞の活動は完全に停止する。
以上、それは生物学的な死を意味し、人生というゲームは終わる。現実主義者にとって人生とは「以上」だ。
「死=以上」
だから死後の世界とは幻想であり、この世界で不満を抱えるヒトたちが創作した、ただの現実逃避の世界観である。
子どもの頃、お葬式に出て、大人たちが「故人が天国に行けますように」、と真剣な顔をして祈っていたのを覚えている。私は子どもながらに、いい歳した大人たちが非科学的な話をしていることに心底驚いたものだ。
「この人たち、いい歳こいて本当にそんなファンタジーを信じているのだろうか?」と。
例えばこんな空想はどうだろう?
少年時代に勉強や恋愛に悩んでいて未来の自分をイメージする。
すると突然、未来の自分が現れて悩んでいる自分にアドバイスをする。
未来の私:「大丈夫、人生は思ってるほど悪いもんじゃないぞ」
SF小説のような話で、創作物としては面白い。ただ、そんなはずはない。未来から自分が戻って来れるとしたら、今頃未来からの旅行者たちで観光地やお土産屋さんは繁盛しているはずだからだ。
それに未来からの自分のアドバイスに逆らって別の手段を選択したら、その瞬間に未来の自分は存在できなくなり消えてしまう(これは親殺しのパラドックスと言われる。過去に戻って親を殺してしまうと自分が存在できなくなるという理屈だ)。
時間という概念は不可逆的であり、常に一方通行で進むことはできても戻ることはできない。だから、タイムマシンに乗ってきた自分は、過去の自分が別の選択をした瞬間に戻る場所を失い、消滅する。
論理的、科学的に考えると、創作物としては面白いストーリーもどこかに必ず矛盾が生じて、論破されてしまう。
私の認識では、こういう非科学的な話をする人たちは完全に「あっち側の住人」なので、私は距離を少し置くようにしている。たぶん想像力に富んだ彼ら/彼女たちは作家や脚本家には向いていると思うが。
これは現実主義者と空想主義者の違いなので、私はおそらく彼ら/彼女たちとは相いれない存在だろう。
私は自分の認識では「こっち側の住人」なので、そういう人たちが真剣に話をするのを聞いていると、笑ってしまいそうになるし、私まで頭がおかしくなってしまいそうだからだ。
もっとも、私たち人類が誕生してから、科学技術によって自然現象を解明できる術を手に入れたのはせいぜい200-300年くらい、「科学で何でも説明できると考えることは私たち人間のエゴであり、傲慢さでもある」、と彼ら/彼女たちは言うかもしれない。
人類はその進化の過程において想像力や集団幻想という、意識の錯覚によって他の生物とは異なる高次元な進化を遂げた。
私たちの意識は都合よく脳を錯覚させ、群れを成して集団生活をする生き物として、今日も生態系を維持している。これは進化論の賜物である。
***
心理カウンセラー:「なるほど。今、私と話しているあなたは誰ですか?」
私:「質問の意図がわかりません、私は私でしょう。もし私が私でなかったとしたら、私はいったい誰なのでしょうか?」
心理カウンセラー:「質問の聞き方を変えましょう。今、私はあなたと話しています、そしてあなたは私と会話ができています。あなたは私の言うことを理解していて、あなたも私の言っている事を理解しています。つまり、私たちは同じ対象物について議論し、それについて共通理解ができている状態にあります。少なくとも私はそういう認識でいます。そうですね?」
***
ところで、人類の進化の歴史を調べると、ある不可解な事実に気づく。
科学技術が発達し、神の存在が否定された現在でも、原因不明や不治の病というものは相変わらず存在している。
本来的に人類にとって有害遺伝子は進化の過程で失われていないとおかしいにも関わらず、今日に至ってもなお、目に見えない精神的な疾患に苦しんでいるヒトたちが多く存在しているのはなぜだろうか?
てんかん、統合失調症(精神分裂病)、双極性障害(躁鬱病)、解離性同一性障害(多重人格障害)、解離性離人症(現実感喪失障害)などなど。。。
実は、幸か不幸か-この文章を書いている-私自身がまさにそれらのいくつかの属性を持つ人間であり、健常な精神状態と精神異常の狭間でもがきながら社会生活を送っている人間である。
論理的、科学的に物事を理路整然と考える自分、それとは真逆の属性を持ち、突然襲ってくる幻覚や幽体離脱などの精神変容に苦しめられている自分。
これまでの人生を思い返せば、私は常にこれらの別個に存在している意識感覚と向き合い、-おそらく一般的な健常者に比べて-、より意識し、頭の中でバランスを取りながら、同じ肉体の中で現実世界を共有して今日まで生きて来たように思う。
家に帰ると部屋の鍵を閉め、何度も何度も独りでもがき苦しみ、科学的に説明できない感覚に苦しめられてきた。
ここからは、私の頭の中にいる、「私たち」と向き合いながら、ありのままに「あちら側の世界」を書き記しておきたい。
これは私の意識が創作した、もうひとつの私の物語だ。
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【自我の芽生え】
いわゆる「完璧主義者」の性格で、学校に行けば教室の机や椅子が90度に完璧に揃っていないと機嫌が悪くなったし、校庭の砂が完璧にまっ平な状態でなければ気分が悪くなった。だから自分以外の人間と何かを一緒にすると、100%の確率で自分の思い描くものを達成できないため、極度の不満とストレスに苛まれた。
とはいえ、人間とは環境に順応するように適応能力があるので、「自分以外の誰かと一緒に何かをする時は妥協が必要だ」ということを学んだ。何とも冷静でマセた子ども時代だ。
初めてのぼる階段は奇数か偶数かを数えて、右足で終わらないと下がってからまた再度上がる(笑)。
合理主義者で無駄が大嫌いな私は、毎回わけのわからない「彼」に付き合わされてうんざりする。周囲の大人からは個性的だね、と言われて育ったが、意識しないようすると逆に意識してしまい、何とも腑に落ちないので、マイルールには従うことにした(今にして思い返せばいわゆる強迫性障害の症状に似ている、というか私にはその素質が十分にあるかと思う)。
辿れる限り自分の記憶を辿ると、私が私であると認識する意識(自我)が芽生えたのはこの頃だったと思う。
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【意識の切り替え作業】
私たちは成長するにつれて、自分という存在が社会の一員としてどのようにポジショニング(立ち位置を決めること)をするかリアルタイムに周囲の状況を把握しながら、意識を軌道修正する能力がある。これは集団生活を送るべく、進化の過程で人類が身に着けてきた能力だろう。
私も成長するにつれ、コミュニケーションを取る時は、自分の中の陽気な性格に切り替えることを学んだ。例えば、Aさんと口喧嘩しながら、Bさんに話しかけられた時は自分の中で無意識にスイッチを切り替えて、Bさんには普通に話しかけると思う。
今度はBさんとのやり取りが終わったら意識のスイッチを切り替えて、またAさんとの口喧嘩に戻る。一方の意識は怒っており、他方の意識は笑っているかもしれない。人間の意識とは私たちが想像する以上に、器用にプログラミングされている。
これは誰もが持っている意識の切り替え機能で、コンピューターのOSに例えると、起動した状態でアプリケーションを複数切り替えながら最適なものを手前に出して動作させる感覚に似ている。これはいわゆる二重人格ではない。
人間は寝て起きてから意識が活動し始め、無意識レベルで複数の意識を使い分けながら生活している。
この感覚は、今このブログを読んでいる誰もが共感できるものだと思う。ここで張った伏線は少し後で回収する場面が来るので、この多重意識の感覚の話を、頭の片隅に入れながら読み進めてほしい。
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【悲しいという感情】
私はいつも母親の車に乗って街はずれの銀行の前で降りた。そこからはおばあちゃんが私をおんぶして、家まで連れて帰る。いつもの光景だ。
私:「お母さん、行かないでーーー!」
母は可哀そうな顔をしながら、車に乗って仕事に行った。
車は少しずつ私の視界から遠ざかっていく。
祖母:「さぁ、一緒に帰ろうね」
大声で泣く私をあやしながら、私は祖母とともに家に帰った。
(どうしてこの子は泣いているのだろう?)
銀行の前には海岸通りがあり、太平洋が広がっている。海は広い、遥か彼方まで広がる大海原。少しズームにすると、道路沿いで泣いている子どもがいる。空から自分を見ている不思議な感覚だ。
(また泣いているね、君はどうして泣いているの?)
私:「どうして泣いているの?」
私:「悲しいことがあったんだよ」
私:「そうなんだね、悲しいとヒトはなぜ泣くの?」
私:「わからない、言葉にできないよ」
私:「どうしたら泣き止むの?」
私:「そんなこと聞かないでよ、それがわかったらボクは泣いてないよ」
私:「いいよ、私に寄りかかって。抱きしめてあげる。よしよし怖くない、いい子いい子。。。」
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【怖い夢】
あらゆる意味で、私の潜在意識はこの夢に取り付かれているといってもいいだろう。
以下の夢の内容は大人になった私が記憶を呼び起こして書いているものだ、保育園児や小学校低学年が言葉で説明するのは不可能だろう。
怖い夢、何度も見た夢。
ブゥー↑ウーン↑という音とともに、私は明るい空間の中にストーンと落ちてしまい、脳の中からジワッホジワッホという声が聞こえてくる。ここはどこだろう?
強烈なめまいがした後に目の前に巨大な渦が現れて、そこに意識が引き込まれていった。
つまり、私は夢の中で気絶して、さらに夢の中に入っていくような意味不明な感覚だ。その直後に私は光のトンネルの中を凄いスピードでワープしていく。
何回も夢を見ているうちに、手前の小さなドアを開けてボタンを押すとドアが開き、外に出られることがわかった。
天気が良いせいか空を見上げると太陽が眩しい。太陽からはお寺の鐘のようなゴォーーーンという音が、かすかに聞こえる。
ピーロロロー、ピロロロロロー。アジタカブーサン、アジタカブーサン。
店に入ると5人の客が右のカウンターに座っているのが見える(※幼児だった私は、バーなんて行ったことがないので、見たこともない光景に自分が入り、とても恐怖を感じたのを覚えている)。
右から2番目に金髪の女性、後ろ姿だけで顔はわからない。一番右は少しロングヘアの男性。男性は小さくて黒い箱を持っていて、ずっと覗き込んでいる。
「す、すごい。なんて鮮やかな景色なんだろう!」
そして、知らない街の街外れの区画を2ブロック全力で走る。
なぜか1区画目と2区画目の間で足をくじく、何回同じ夢を見ても、同じ場所でつまずく。
2区画を全力で走り抜けて、最後に赤い置物があるので、その手前を左に走り抜けると毎回夢から醒める。この夢はどういうわけか毎回52秒で終わるという設定になっている。
走っている途中で時間内に赤い置物まで間に合わないと、夢の中で意識を失ってそこで夢が終わる。〇〇で〇〇でおしまいっ、と声が聞こえる(〇〇が何と言っていたか思い出せない)。
気が付けばベッドの上で、パジャマが汗まみれだ。私はここで自分の意識に戻る。
「あー、良かった。今日もこっち側の世界に戻ってこれた」
*
それは夢という曖昧なものではなくて、まったく別の世界で自分が生きている感覚のようだった。まるで意識がCGの映像の中の世界に生きているようだ。
今でいうとVRゴーグルを装着したような感覚に近いかもしれない(VRゴーグルも没入感のある空間に入り込んだ後にゴーグルを外すと、一気に現実空間に引き戻されて、意識がついていけずにほろ酔い感覚になる)。
朝起きて、両親と朝食を取るたびに何度も話そうとしたが、あまりにも怖すぎて言葉が出なくなったのを覚えている。そして子供ながらに、頭がおかしいと思われるのが怖かった。
何というか、両親に育ててもらっているのに、自分だけ実はこの世界だけでなくて、別の世界に同時に住んでいるような感覚で、何となく両親を心配させたくない、という子ども心が働いたのかもしれない。
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【私とは一体誰なのか?という意識の相対感覚】
私はそこで自分が何をするかを指示している。時々、違う自分が操縦席に座って、私は隣に座る。私は彼(彼ら)を横で見守っている。
小さい頃に泣いている自分、踊っている自分、感情のない無機質な自分、獣のように暴力的な自分、後ろの少し高い場所からそれを見ている自分がいる。記憶を共有しているので、何をしているかははっきり理解できていた。
通常の感覚として、OS(意識)は1つの端末(肉体)に対して1つ起動し、そのOS上でアプリケーションの切り替えを行う。
私の体験したこの感覚は少し違っていて、1つのOS上でアプリケーションを切り替えながら、それとは違うOSが同時に起動して、そっち側でもアプリケーションが起動してしまう感覚だ。
これは脳がめちゃくちゃ疲れるし、違う意識同士が真逆の属性だと完全にパニック状態になって、頭がフリーズする。違うOS上のアプリケーションが別個に動作するので、バランスを取るのが大変だった(この感覚を覚えるのは、脳のちょうど真ん中あたりがキュッキュッと音をたてて振動する時だ、今も寝起きに時々起こる)。
みんな、どうやら頭の中には一人の人間しか住んでいないようだ。。。
そうなると、私の頭の中にいる「私たち」はいったい誰なのか。。。
この頃から、その「私」という意識は、今の私という意識に乗っ取られてしまった(つまり、本来の私は操縦席ではなく、副操縦席に座っている)。
***
【人格の強制交代】
25年ぶりに行った小学校、すでに欅の木は伐採されて無くなっていた。
季節はたしか春くらいだったと思う。
穏やかな風が吹き、欅の枝が音を立てて揺れ、木漏れ日が木々の葉の間から見え隠れする。
近くに電車が走る音が聞こえる。私の意識の遥か向こう側ではみんながソフトボールをやっている音がかすかに聞こえてくる。
遠い、世界がとても遠くにあるように感じる。
まるで自分が世界から切り離されて、水族館のガラス越しに世界を見ているようだ。
「子どもは無邪気でいいな。たぶん私がいなくても世界は存在するし、太陽も私がいなくても毎日勝手に昇って、勝手に沈んでいくんだろう。ここにいる私とはいったい何なんだろう」
その日以来、私の運動神経は信じられないほど上がり、バットを振ると強烈な快感を覚え、ボールを投げると遠くまで飛び、足は速くなり、自分の身体がどうにかしてしまったのを今でも鮮明に覚えている。
とりあえず、この事は誰にも内緒にしておこう。
私:「誰?ボクに話しかけているのは?」
***
心理カウンセラー:「その後、何か変化はありましたか?」
私:「たしか、車にはねられた後に見たいテレビがあるので、夜道を友だちと歩いて家に帰りました。その後は結局テレビを見れずに、両親に車に乗せられて病院に連れていかれました。思い出せるのはここまでです。」
心理カウンセラー:「はねられた時に何か感じたことはありますか?」
私:「たしか、はねられた時に自分がはねられているのを空から見ました、「あっ!?はねられた」みたいな。あと、その日以来、運動神経と記憶力があがったかな。いい意味で打ちどころが良かったのかもしれません笑」
心理カウンセラー:「どういう感覚か言葉で説明できますか?」
私:「何と言ったらいいのか、、、私はあんまり主観というものがなくて、常に客観的で相対的な視点で物事を見ている気がします。ようは感情うんぬんよりも、自分を含めたその場の雰囲気全体が絵や写真のように遠くから見た景色が脳に残っていて、それを全部そのまま記憶しているような状態です。
だから結果的に、その車の運転手さんは手を挙げてその場から立ち去りましたが、私は車のナンバーを完璧に覚えていて。。。そんな感じです。私の意識は常に複数が同時起動していて、透かし絵のように重なった部分が意識(≒自我)であると認識しています」
心理カウンセラー:「なるほど、ちなみにその車は見つかりましたか?」
私:「はい、すぐに見つかりました。後日、お巡りさんと一緒に家に謝罪に来ました。後からわかったことは運転手さんは大丈夫か?という意味で手を挙げたようですね。」
心理カウンセラー:「ご両親もいましたか?その時は何と?」
私:「まず、ドライバーさんは私が軽傷だと思って、手を挙げて大丈夫か?と聞いたらしいです。その後にお巡りさんは、この運転手さんに罰を与えたいか聞かれました。両親のほうを見ると、こう答えました。『自分で考えて結論を出しなさい』と。結論を言うと私はその方を許しました」
(コンナコトクライジャオコラナイヨ、ダッテボクガオコッタラアブナイカラネ)
心理カウンセラー:「それはなぜですか?」
私:「だって、わざとやったわけじゃないし、1秒前には戻れないじゃないですか。それに大人たちは家庭を持って疲れているし、その人が働けなくなったら、その家族は生活に困るかもしれません。大人って大変じゃないですか。私の両親もそうだし、お巡りさんもそうだし、おじさんもそうだし、毎日、大人って大変だなーと思ってみています。私も子どもですが、子どもは子どもで大人たちとうまく付き合っていくのも大変ですからね」
心理カウンセラー:「小学生なのにしっかりしてますね。ご両親からは何かを強制されたりはせず、主体的に行動するように育てられましたか?」
私:「そうですね、そんな感じで育てられた記憶があります」
*
家に帰ると当然テレビを見させてもらえず急いで病院に運ばれた。
医師に言われた、「君はすぐ逃げるからね、痛くないように麻酔を打つよ。コワクナイコワクナイ」
私:「わーちょっと、何これ。足がない、体がなくなっていく。ちょっと待ってよ、、気が遠くなる。。。」
※ かつて肺炎で入院した私は、自分で針を抜いて病院を逃げ出したことがある。当然、町中が大騒ぎになって私は捕獲された。あれほど楽しかった鬼ごっこは、もう経験することはないだろう。
*
たしか最後に怖い夢を見たのはこの夜だった。階段を下りていく画面だけを見た。
私はドアの開け方を覚えていたのでボタンを押して無事に外に出られた。そこで夢が終わった。
人前でも完全・完璧な演技力によって、周囲と同じような振る舞いができるようになった、目つきの変化以外は(今でも視力は良いが、目を隠すために少し薄いバイオレットカラーのかかった伊達メガネをかけて凌いでいる)。
まるで血圧測定が終わって、腕に巻かれている空圧がシューっと抜けるのと同じ感覚が脳の中で起こる。
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私:「そういえば、躁(そう)状態といえば、逆の属性は「鬱(うつ)」状態ですよね?小学生の終わりくらいから中学生のはじめくらいに色々と思い当たることがあります。ある日ピアノを弾いていて、ハッとして、それまでの色んな点が線で1本につながった感覚を覚えた瞬間があります」
***
それはピアノに例えれば、和音のようなものだ。
一般的な単一意識の場合、「ド」の音を押すと「ド」の音を出す。「ミ」の音を押すと「ミ」の音を出す。
意識が同時に存在する感覚というのは、同時和音(コード)の感覚に似ていて、「ド」を指で押さえると同時に「ミ」と「ソ」も同時に指を押さえる感覚に似ている(音楽をやっていた人はわかると思うが、これはCコードと呼ばれる和音だ)。
意識が交互に出たり入ったりする感覚は、まるで時間差でコードを弾くときの分散和音(アルペジオ)のような感覚そのものだ。「ド・ミ・ソ~♪」「ミ・ソ・ド~♪」「ソ・ド・ミ~♪」
そして、私が持っている意識そのものが変化するという感覚は、ト音記号の横に#や♭をつけて、変調によって自分の意識が少しずれながら別個に存在していく感覚だ。
私はハ長調の曲を演奏しながら、同時に存在するパラレルワールド(並列世界)で、ホ短調やへ長調の曲を同時に演奏している。
家のリビングにあるピアノ。
私はようやく見つけた、すぐ近くにある自分の感覚を最も理解してくれる真の友人を。
(つづく)