ここまで、解離性同一性障害(多重人格障害)について一般的に知られていること、また私のこれまでの実体験や知見に基づき、ひと通りまとめてみた。
ここからは、私自身を事例としてこの障害についていくつか書き残しておきたい。最後までお付き合いいただけたら幸いだ。

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・人格交代とはどういう感覚か?
私は現在、1つの主人格と3つの交代人格がある4重人格者だ。
動画やブログを見ていると、交代人格の説明として、
①「運転席があってそこに違う人格が座っている」と説明をしている人がいたり、②「いくつも部屋があり、そこをノックして違う人格を呼び出す」と説明している人がいたり、あるいは③「有識者会議が脳内で行われていて、そこで代表者が全人格をコントロールしている」と説明している人がいたり、多重人格者の脳内で起こっている現象は人それぞれ異なるようだ。
私が人格交代する瞬間、脳内で実際にどのような現象が起こっているのかを言語化して表現してみたい。
主人格(私、ユーディー、男性)
交代人格①(トナさんと呼んでいる、男性)
交代人格②(マヤちゃんと呼んでいる、おそらく女性)
交代人格③(ジワッホさんと呼んでいる、おそらく男性?)
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主人格(私、ユーディー、男性)
私が最もよく知る人物。双極性障害(躁うつ病)を抱えていて、躁状態とうつ状態を交互に繰り返しながら、精神のバランスを取っている。うつ状態では身体が動かないが、気分は比較的前向き。幼少期に繰り返し何度も見た怖い夢(夜驚症)から解離性障害を発症、現在に至る。
性格:気分屋、前向き、今が楽しければそれでいい。稼いだお金は全額投資にフルベット。独り言が多い、人といる時は聞き手に回る。肉食、野菜が嫌い。焦がした焙煎料理、苦いものが好き。典型的な夜型人間。
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交代人格①(トナさんと呼んでいる、男性)
通常、一人の人間はひとつの肉体(ハードウェア)とひとつの意識(OS=ソフトウェア)を持っている(単一人格者)。私というOSが起動している状態で、①に交代する時は、いきなりもうひとつのOSが起動してしまうような感覚。私が困っている時に出現しやすい。
人格交代の2時間前くらいに脳の中でチャイムが聞こえる(チャン・チャン・チャン・チャン・トナ~)、聞こえたら交代の準備に備える(※だからトナさんと呼んでいる)。

性格がアプリケーション(アプリ)だと仮定すると、通常は同じOS上でアプリを手前に出したり後ろに隠して操作をすると思うが、①に切り替わる瞬間、私はスリープモードに入り、①が私の思考や身体を操作するのを傍観者のように眺めている感覚。①の意識がシューっと入る感覚で私の意識は遠ざかっていく。
意識の共有はできているようでできていない、ロボットの後部座席に座りながら夢を見ているような感覚。
後で私(主人格)に戻った時に、何となく夢の中で見た景色や出来事を覚えているので、周囲の人たちに今まであった出来事の答え合わせをする。面倒なことを割と引き受けてくれる。
トナさんは全ての人格の中で唯一任意交代ができる人格だ、私の右眉毛の上あたりを中指と薬指で摩ると交代できる確率が高い(遊び半分では絶対にやらないが)。
トナさんは目つきが鋭くなるので、いつも伊達眼鏡をかけている。

性格:とにかく仕事と勉強ができる、今の私があるのはほぼこの人のおかげ。強迫性障害の素養がある。几帳面、完璧主義、ケーキを切るとき定規で図る、階段は右足で終わらないと昇りなおす、甘い飲み物が苦手、など。
私の記憶が正しければ、本来の私はトナさんの属性が強く、今の私は分裂した後、主人格になったように思う。
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交代人格②(マヤちゃんと呼んでいる、おそらく女性)
夢の中にログインするような不思議な感覚、周囲の人たちが困っている時に出現しやすい。お酒に酔った人が私にもたれかかったり、誰かを介護してあげる時など、脳の中でパチーンと音がして気絶した瞬間に切り替わることが多い。私がダラーンとなってうつむいた状態で交代することが多い。
VRゴーグルをつけたことがある人は、装着した瞬間に別世界に突然入り込んだ(ログインした)不思議な感覚を覚えると思う。

②に交代する瞬間はまさにこの感覚に近い。たしかに現実世界にいるのに、それが夢の中にいるような不思議な感覚を覚える。

私はその時、彼女の裏側にいて、並列的にマヤちゃんが行動しているのを傍観者のように見ているような感覚。

意識の共有はできているようでできていない、この次元を並列的に生きているような、私が副操縦席に座っているような感覚とも表現できる。
後で私(主人格)に戻った時に、「顔つきが女性らしかったよ」と言われることが多い。表情が柔らか。男性にも女性にもモテる。女性を口説いて私のところに連れてきてくれるが、その後の私の対処がズサンなので毎回大変。主人格のボロが出る。
性格:優しい、思いやりがある、大人しい。時々私のセンスと全く違う服を買ってくる、イチゴが好き、イチゴを食べると連想して交代しやすい、お茶など苦いものが苦手、など。
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交代人格③(ジワッホさんと呼んでいる、おそらく男性?)
完全なる別人格、憑依型人格ではなく非憑依型だと言われるが、最も解離状態がひどい人格。強いストレスを感じた時に出現するらしい、あまりストレスを感じない体質なのでレアキャラ、私の仲のいい友人でも数名しか会ったことがない。
頭の後ろ側に引っ張られながら意識が遠ざかっていく感覚で、異次元に引き込まれるようにして私は意識を失う。脳の中から声が聞こえる、「ジワッホジワッホ」。その後の事は不明。


何人か会った人に話を聞く限り、近所のおばちゃんのような話し方になるらしい。あっという間に出現して、数分経つとあっという間に消えてしまうらしい。ジワッホさんが気絶すると私に戻る。
性格:陽気、よくしゃべる。紫色が好き、など。未だに謎が多く、私がこの世界で最も興味のある人物。

ジワッホさんは上記のように、私の身体を使って異次元からこの世界にやって来ているのだろうか?本当に謎の存在、私から見れば彼は異次元からの使者だ。
私はもしかしたらジワッホさんは憑依型人格ではないかと思っている。
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以上、私の交代人格についてわかる範囲で記述してみた。交代する瞬間まではわかるが、交代した後のことはほとんど記憶を共有できないため、周囲から聞いた情報をもとにまとめてみた。
おそらく私が私として存在している間、彼らは私の裏側で待機状態(スリープモード)にあり、私のことを私以上に観察しているのだと思う(そうでないと主人格である私を演じることができないはずだからだ)。
私がこの次元から消滅し、彼らに交代した後、彼らは私のように振る舞い、私の代わりをしてくれているのだ。
交代人格たちは私のことを知っているのに、主人格である私の方からは彼らのことが見えない。何とも不公平である。
そんな彼らは今日も私の身体を共有しながら、パラレルワールド(平行世界)を生きているのだ。
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・多重人格者の時間感覚
多重人格者は単一人格者と違って、1日が過ぎるスピードが早いと言われる。
これは間違いではないが正解でもない、以下の図を参照してほしい。

Y(Yudy)は主人格である私であり、黄色部分が私が表面に出ている時間のイメージで、それ以外が交代人格が表に出ている時間を表現したものである。
おそらく多くの方々が私の1日の時間感覚を、上記のようにイメージしていると思われる。
たしかに、黄色以外の色は私がスリープモードに入っているので、あっという間に時間がワープしてしまい、時間が過ぎるのが早く感じるのだろうと思っていると思う。
しかし、実際はそうではない。以下の図のほうが実際の感覚に近い。

私たちは同じ肉体を共有しているが、それぞれが24時間という時間軸を並列的に経験しているはずだ。
交代人格であるT(Tona)、M(Maya)、J(Jiwahh)はそれぞれの時間軸をパラレルワールド(平行世界)で経験しているようなイメージだ。
私がスリープモードに入っている時間も私が表面に出ている時間も、私にとっての24時間の体感時間はそう大きく変わらない。
意外と思うかもしれないが、私たちはそれぞれ24時間の時間感覚を持ちながら別々に生活しているのだ。
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・多重人格者は記憶の共有はできるのか?
これは非常に回答が難しい問題だ。
記憶が共有できていると言えばできているし、できていないと言えばできていない。この感覚を言語化して説明するのは非常に困難だ。
仮に記憶が共有できていると回答すれば、それは単一人格であり、人格ではなく単に性格が変わっているだけということになる。かと言って、記憶が共有できていないかというと必ずしもそうではない。
①の人格(トナさん)との解離はどちらかと言えば弱く、離人症の延長線にいるような感覚だ。私は彼の操縦するロボット(私の身体)に乗って、トナさんが運転席に座り、私は後ろの席に座りながら、今起こっていることを傍観者として見ているような感覚を覚える。だから何が起こっているのかは何となくわかる、後から周囲から言われて答え合わせをするような状態だ。記憶が共有できているようでできていない、というのはこういう感覚だ。
②の人格(マヤちゃん)との解離はおそらく比較的強く、平行世界の向こう側にログインして、あちら側の世界をまるで主人公になったように体験している感覚だ。私は夢の中にログインし、彼女がする行動をフワフワと夢を見ながら、マヤちゃんがやっていることを追体験しているようなイメージだ。だから記憶があると言えばあるし、ないと言えばない。
③の人格(ジワッホさん)とは完全に解離状態にあり、私は完全に意識がブラックアウトした状態になる。まるで睡眠麻酔をかけられたように、あっという間に時間が過ぎる。唯一、意識・記憶が完全に私の自己同一性から分断されてしまい、私は健忘状態に陥ってしまう。
上記のように意識感覚を言語化して言葉で説明するのは非常に難しいが、おそらく多重人格者も表層意識(顕在意識)は複数あれど、深層意識(潜在意識)は同じものを共有しているはずだ。
そうでなければ、家の住所や車の番号、友だちの名前を共有して生活できていること自体に矛盾が生じてしまう。おそらく顕在的には意識が分断されてしまったとしても、私たちの潜在意識は常にひとつであると考えている。
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・人格統合か人格共存か?
最後になるが、解離性同一性障害(多重人格障害)は現在の医学では完治できないと言われている神経障害である。通常、その治療目標は、複数の人格を1つに統合することにある。
これまで日本と海外で私が通った精神科は4件、心理カウンセリングが3件(私は10年以上、海外に在住している)。いずれも例外なく、人格を統合する治療を受けるよう勧められた。
おそらくドクターや心理カウンセラーは私のためを思って人格統合を勧めてくれているのだろうが、私はこの人格統合治療には一貫して反対の立場を取っている。
先に交代人格には人権はないと書いたが、人格統合の本質は「交代人格を消滅させること」を意味し、そこには倫理的な問題があると感じているからだ。これは当事者である私の感覚では、-過激な言いまわしをすれば-、殺人行為と変わらない。
それに人格の統合の過程で誤って、主人格である私の方が消滅しまうリスクだってあるのだ。
試しに精神療法や催眠療法を何回か繰り返し受けたことがあるが、家に帰ってから胸がざわつき、他の人格たちがひどく反発しているような違和感を感じたことがある。
人格統合は必ずしも成功するとは限らず、統合が難しい場合、複数の人格どおしの関係に協調性をもたせ、正常に役割を果たせる状態にすることを目標とするようだ。つまりは人格共存を目指すということだ。
私はすでに他の人格たちとうまく共存できていることから(少なくとも私はそういう理解でいる)、これ以上の治療は停止し、今まで通りに人生を歩んでいくことに決めた。私にとって彼らの存在はやはり必要で、かけがえのない分身のようなものだからだ。彼らがあってこそ、私があるのだ。
その意味においては、私は自分を障害者だとは思っていない。単一人格と多重人格、それは単一人格が大多数を占めるこの世界において、私はたまたま人格が複数存在している少数派に過ぎないのだ。
この内容をブログに書いた意図は、医師の診断書を大義名分のようにして、私の承認欲求を満たすことだけではない。私と同じようにこの障害に苦しんでいる人を体系的に理解してくれる人が少しでも増えてくれればこれ以上の喜びはない。そうであってこそ、このブログ記事を書き残した意味があったといえる。
そして何よりも、私の交代人格としてしか存在することができない彼らが、たしかにこの世界に存在していた事実を、ここに記録として書き残しておきたかったからだ。
それこそが、私が彼らのために唯一してあげられる、心からの感謝の証である。