柱の裏の落書き

ひまつぶしにぶつぶつ書いてみる

期待値

偶発的事象の連続


先日、久しぶりにランチミーティングに参加した。

「金融緩和は継続するのか?」という話題だった。

私たちがどれだけ難しい議論をしたところで、

結局のところ、政府公認の相場操縦に翻弄されるだけなのだが
...



相場センスのまったくない私は、どちらに転んでもいいようにロングストラドルとストラングルをいくつか組んでいた。

おかげで、コールポジション側が場外ホームラン級のリターンとなった。

相変わらず、運だけはいいようだ。

運だけは
...w


今回は、市場参加者やエコノミストの多くは、追加緩和は終了するものと見ていた。

その理由は、アメリカが量的金融緩和の終了を決めたからだ。

ところが、日銀の黒田総裁は市場の意表をついて追加刺激策を発表した。

アメリカの政策の真逆をやったわけだ。

さすがは元為替マフィア、黒田総裁の面目躍如だ。

これには正直驚いた!

(私は暴落すると思っていたが、思惑とは逆に暴騰して結果オーライ...)


需要と供給で考えれば、

 

************************

米国 → 引締め政策

日本 → 緩和政策

************************

となるから、相対的に「米ドル」に比べて「日本円」の量が増えることになる。

ゆえに、米ドルは上昇し、日本円は下落した。

円安相場の到来だ!

(セイフハイツマデゴマカセルノカナ...)

10月にヘッジファンド勢は日本株を3兆円超の空売りをしていたと観測されており、想定外の事態に慌てて買戻しに入り、日経平均は暴騰し、前日より75556銭高の16,41376銭で取引を終えた。




この出来事に直面し、ナシーム・タレブ氏の「まぐれ」の話を思い出した。


あるときミーティングで、株式市場はどうなるのかと聞かれた。ちょっと芝居がかって答えた。

「来週、株式市場は
7割の確率で上昇すると思う」

「でも、ナシーム。君はさっき
S&P500株を大量に空売りしたって言ってたよね?市場が下がるほうに賭けてるってことだろ?意見が変わったのはどうしてだ?」

「ぼくは意見を変えてなんていないよ!。自分の賭けにとても自信があるんだ。 (聴衆笑う) 実のところもっと売りたいと思っているんだよ!」

その場にいた他の社員たちは完全に混乱したみたいだった。

「君はブルなの、それともベアなの?」

相手のストラテジストにそう聞かれた。

「ブルだとかベアだとかなんて、純粋に動物学の話をしているのでなければなんのことかわからない」

市場は上昇する可能性が高い(「私はブルだ」)けれど、空売りするほうがいい(「ベアだ」)と思っていた。というのは、下がった場合、大幅な下落になる可能性があるからだった。

ナシーム・ニコラス・タレブ「まぐれ~投資家はなぜ運と実力を勘違いするのか~」
より 


タレブは70%の確率で市場は上昇すると思っているが、上昇しても小幅な上昇にとどまるという。

仮に
1%の上昇があるとすると、期待値は「70 × 1 0.7%」である。

反対に、市場が下落する確率は
30%程度しかないと見ているが、下落したら大幅な下落になるという。

仮に
10%の暴落になる可能性があるとすると、期待値は「30 × -30% -3%」となる。

ゆえに、来週の市場リターンの期待収益率は「
0.7 -3% -2.3%

だから、タレブは
S&P500株を大量に空売りしたという理屈だ。

私は裁定取引のようなシステムトレードをメインにしているので、
正直言って裁量トレードは下手くそだ。

ただ、トレードは勝つときに大きく勝てばよいのだと思う。

「トレードに勝率は関係ない」、
この考え方は昔から変わらない。


たとえば、
1,000円の利益を1,000回繰り返しても、トータルのリターンは100万円にすぎない。

そこから手数料や税金を考慮すると、費用対効果で考えれば「
100勝すること」は、あまり合理的な賭けとは言えないだろう。

たとえば、
100銘柄中、99銘柄はロスカットして1,000万円の損失が出たと仮定してみよう。

しかし、残りの
1銘柄だけは利益が上がり続け、最終的に10億円の含み益を得たままトレーダーは年度末決算を迎えたとする(実際にはすべて手仕舞いさせられるだろうが)。

この場合、約定照会画面で「売買の実現ベース」だけで見れば、「
99連敗・1,000万円の損失」となる。

その一方、「損益」を見れば「
10億円の含み益」となる。

果たして、このトレーダーは負けたことになるのだろうか?

あなたがマネージャーの立場であれば、このトレーダーを解雇するだろうか?

私なら、来年も継続雇用すると判断するだろうと思う。


いつもまぐれまぐれとバカにされる私だが、トレードに勝率は関係ないと思うのだ!

どうだろうか?


客観に基づく「事実」は
1つしか存在しないが、

主観に基づく「真実」は人間の数だけ存在する。

資本主義の世界では、「真実」はともかく、

数字という「事実」に基づいて私たちは評価される。

結果論の「事実」と、
「真実」は完全に一致するものではない。

人間の数だけ「真実」が存在するからだ。

もっとも、
「真実」の総和による合成期待値によって「事実」が形成されるわけだが...


マスコミの偏向報道、ネット上の風説の流布
...


「真実」はときに脚色され、
嘘と欺瞞に満ち溢れたものになる。

ただ、「事実」を味方にするためには、
多くの「真実」から正しいと思うものを選択し続けなければならない。

正しいと思うものを選択し続けるためには、
時には「情緒」も必要なのだと思う。

現実社会とは、実にシビアな世界なのだ。


タレブは、人生は一度しかないので、
確率論で考えればサンプル数が少なすぎるため、成功は「まぐれ」という偶発的な事象に左右されると論じている。


その意味で、「
人生は偶発的事象の連続にすぎない」と思う。

のんびりと流し読みしていたら、
132ページに思わずハッとする言葉が載っていた。


「歪みに賭ける」



確率論で考えれば、
永遠に勝ち続けることができるトレーダーなど存在しない。

「トレードに勝率は関係ない」、勝つときに大きく勝てばよいのだ。


トレードの本質は、「取引回数」ではなく、「適切な投下資金のバランス」を考えること。

ツキがある時は多めに、そうでない時は控え目... 




「エイヤ!」



......いざという時は、
ブラックスワンをうまく利用するのだ!



私の意図が伝わっただろうか?



(参考:アベノミクス最後の賭け 日銀が予想外の追加緩和に円安・株高進む
(参考:日銀、なぜ“予想外”追加金融緩和?消費増税で急激な経済悪化、政府に投げられたボール
(参考:追加金融緩和サプライズで「出口なき日銀」
参考:ナシーム・ニコラス・タレブ「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」ダイアモンド社,2008
参考:広木隆「9割の負け組から脱出する投資の思考法」講談社,2013年)
参考:安間伸「ホントは教えたくない資産運用のカラクリ錬金術入門篇」東洋経済新報社,2005年)

辞世の句


毎年、秋を感じる季節になると何とも言えない死生観にとらわれる。

秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
風の音にぞ おどろかれぬる


藤原敏行(古今和歌集「秋上」より)
 


日本の気候風土は春夏秋冬という豊かな土地柄のせいだろうか、

季節の変わり目の風を感じると、強烈に感受性を刺激されることがある。


次第に色づき、
紅や黄色に染まっていく山々の木々。

枯れ果てる最後の瞬間まで必死に咲き誇ろうとする姿を観ると、

やがて訪れる冬に、自分たちに終わりが来ることを知っているからなのだろうか、

生命ゆえの儚さを感じてしまう。


*****


千束村の別墅に楓樹数株を植ゑて

うゑをかば よしや人こそ 訪はずとも
秋はにしきを 織りいだすらむ

染めいづる 此の山かげの 紅葉は
残す心の にしきとも見よ

勝海舟(飛川歌集より)


数年ぶりに大田区の洗足池にある、勝海舟の墓参りに行ってきた。


実は、数年前に友人と「お~い竜馬」の漫画に完全にハマってしまい、週末のたびに幕末の人物たちの墓参りに訪れた時期があった。


勝海舟といえば、徳川家の幕臣でありながら、広い視野と先見の明を持ち、坂本竜馬や西郷隆盛といった開国派の人物たちを開眼させ、江戸城無血開城に貢献した人物だ。

今風に言えば、既得権を握る大企業の幹部職にありながら、その体制を内部から猛烈に批判し、新興ベンチャー企業の顧問を密かに兼任していた人物といったところだろうか。 

もっとも、見方によっては佐幕派の情報を開国派に流し続けた内通者であり、裏切り者とも解釈できるわけだが、「勝てば官軍」という言葉があるように、幕末史の中ではだいぶ美化されて語られている節があることは事実だ。

私はそれでも、彼の
「ダメなものはダメだ!」とはっきり正面切って批判できる姿勢が好きだ。

安定した地位を捨ててまで、国家全体の方向性や公益性を考えられる広い世界観、今の政治家の先生方にもぜひ見習ってほしいところだ。


さて、


考えてみれば「死者と弔う」というのはきわめて高尚な行為であると思う。

死者は、「わざわざ来てくれてありがとう」とお礼も言ってくれないし、ましてや「これで上手いもんでも食べなさい」などとお小遣いもくれないのだ。

ただ純粋に目を閉じて墓前で手を合わせる。

ただ純粋に...

唯物論者には理解できない「魂との会話」、それは至極スピリチャルな行為であり、経済的合理性のような損得勘定ではとうてい説明できない理解不能な行為だ。


私は生まれつき死生観が強く、墓参りに行くたびに、その人物が「何をしたか」という結果よりも、「どう考え」行動したのか、「何のために」生涯を捧げたのか、といった「思想」や「哲学」に非常に興味関心がある。 

結果論だけで考えてしまうと、出来事というのは、どうしても運や偶然に左右されてしまう部分がある。だから、私は「何をしたか」よりも思考や哲学こそが人物のあり方をよく説明してくれると思っている。思考や哲学によって、その人物の内面に入り込むことができるからだ。

時世の句というのは、
死が目前に迫った時、最後に自らの生き様を伝える究極のメッセージであり、非常に心に響くのだ。

身はたとえ 武蔵の野辺に くちぬとも
留め置かまし 大和魂

吉田
松陰

さつきやみ あやめわかたぬ 浮世の中に
なくは私しとほととぎす

木戸
孝允桂 小五郎

面白き こともなき世を面白く
住みなすものは 心なりけり

高杉
晋作

ふたつなき 道にこの身を 捨小船
波たたばとて 風吹かばとて

西郷
隆盛

ふたたひと 還らぬ歳を はかなくも
今は惜しまぬ 身となりにけり

武市
瑞山(武市 半平太

世の中の 人は何とも云はばいへ
わがなすことは われのみぞ知る

坂本
竜馬

君が為め 尽くす心は 水の泡
消えにし後は 澄みわたる空

岡田
以蔵


なかには時世の句ではないけれども、彼らがその瞬間、何を考えていたのか後世を生きる私たちにも鼓動や息遣いが鮮明に伝わってくるのではないだろうか。


なお、私がもっとも心に響いたのは、土佐の
吉村寅太郎だろうか。


彼の名前は竜馬や西郷に比べれば、完全に埋もれてしまった人物であり、日本史の教科書を開いても歴史の表舞台に名前さえ出てこない。

彼は攘夷思想に傾倒し、土佐勤王党に加盟。寺田屋事件で捕縛され投獄。

保釈後は京都へ上り、
天誅組を結成し大和国で挙兵するも、八月十八日の政変で情勢が一変して幕府軍に吉野山を包囲され、追い詰められてしまう



あと少しで歴史を変えることができた、情勢さえ変わらなければ。


さぞや無念だっただろう。悔しかっただろう。


彼は敵陣に包囲される中、銃撃を受け、戦死した。


享年
27歳。





momiji1

 

 

吉野山 風に乱るる もみじ葉は
我が打つ太刀の 血煙と見よ

吉村 寅太郎
 



歴史はいつも勝者が作るといわれる。


勝者はいつの時代であれ、後世を生きる人間に過度な承認欲求を持ち、自らの期待値を高め、美化された物語を残そうと努める。

ゆえに、都合のいい事実を組み合わせ、都合の悪い事実は葬られていく。


それでも、と私は思うのだ。


それは決して単純にファクトデータを組み合わせた無機質なものではなくて、多くの人間の行動や感情、思想が交じり合った、情緒的で有機質なものなのだ。



人は生まれ、やがて死んでいく。



秋の夜長、じっくりと先人たちの生き様を学んでみるのもいいのではなかろうか。

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