柱の裏の落書き

ひまつぶしにぶつぶつ書いてみる

富裕層

集中と分散

19987月、スイス・ジュネーブ。国境を超えた隣国のフランスではサッカーのワールドカップが開催され、大変な盛り上がりを見せていた。

時代背景を説明すると、翌99年の欧州統合通貨(ユーロ)の発足に向けてヨーロッパ諸国が足並みを揃えていた頃の話だ。

ジュネーブには、いわゆるプライベートバンクと呼ばれる富裕層専門の銀行が立ち並ぶ金融街がある。私は、銀行の扉の向こう側に1度だけ足を踏み入れる機会があった(友人の祖父に連れて行ってもらっただけだが)。

銀行の中はカウンターが完全個室になっていて、そこでバンカーとのやり取りが行われていた。

「キャッシュ比率はこのくらいで、クーポン債がこういう比率で5年後にこれとこれが償還になって、償還予定の金額がいくらくらいで、この償還予定金額を株式で運用して...

0のケタがあまりにも大きすぎて私には理解不能だったが、大人になってから、「仕組み債」の商品のようにポートフォリオを設計していたようだということがわかった。

私は非常に気になったので質問した、「何でわざわざこんな面倒くさいことしているんですか?」、と。

担当バンカーの方と友人の祖父から全く同じ答えが返ってきた、

「世界中、いつ、どこで戦争やテロ、災害などがあるかわからないから、いろいろな商品や地域に分散して資産を守っているんだよ。万が一、どれかの資産価値が0になっても、どれかが生き延びれば全部の資産は失われずに済むからね。これはリスクヘッジと言う考え方なんだ。株式と債券、それぞれの地域の通貨も違う値動きをするから、うまくブレンドして組み合わせるとプロテクトが効くんだよ」。

さらに...

「そうそう、スイスが永世中立国でいられるのも同じようにプロテクト機能を効かせているからこそなんだ。この国にはボーディングスクールがたくさんあって、世界中から政治家や実業家など有力者の子どもたちを集めて教育をしているんだ。だから子どもたちを担保(人質)にすることで、この国にはどこの国も攻撃できない仕組みになっているんだよ。なかなかのリスクヘッジだろ?」。

何とも!

政治的な話はここではしない。

とりあえず当時16歳の私にわかったのは、「お金持ちは世界中のいろいろな商品に分散して投資を行っている」ということ、もう1 つは「目の前の老人を誘拐したら身代金がたくさん取れる」ということだった(笑)
 

それから約5年後。

学生投資家になった私は、異なる2つの考え方に出会った。

1つは、20039月(当時21歳の時)に訪れたアメリカ・ラスベガスでの出来事。

ホテルLUXORのカジノで同席したユダヤ系の個人投資家の方が、ルーレットの赤と黒のボードの上にせっせとチップを乗せている光景を見て、あの日の記憶が甦った(いわゆるアウトサイドベット)。まさかと思って理由を尋ねてみることにした。

彼は私にこう言った、
 

「長くゲームを続けるコツは分散することだよ」


ユダヤ系の特徴は、一か所に資産を留めておくよりも、できるだけ多くの国や地域、株式や債券など複数の金融商品に分散して投資する傾向がある。これは彼らの思想の原点である「タルムード」にも書かれている(「卵は一つのカゴに盛るな」という有名な格言はここから来ている)。

ユダヤ人の悲しい歴史を考えれば、バビロン捕囚以来、祖国を追放された彼らには、しぶとく生き延びるためのDNA が深く刻み込まれているようだ。

彼らは、子弟教育に関しても、一人はアメリカへ、一人はヨーロッパへ、もう一人はアジアへと、分散して子どもたちを留学させる傾向がある。

 「誰かが死んでも誰かが生き延びれば次の世代へとDNAを継承することができる」、何とも合理的な考え方だ。 

『お金持ちには「子ども」はいない、「相続人」がいるだけ』

タルムードの言葉だ。


もう
1つは、20047月(当時22 歳の時)に訪れた香港での出来事。東シナ海上空で発生した台風の乱気流の中を、天空の城ラピュタのパズー少年のごとく飛行機が突入して行った記憶がある。本当に死ぬかと思った。

幸運にも、香港を代表する個人投資家の方の誕生日会に出席させていただける機会があり、数日後、彼のディーリングルームに招待していただいた時の事。

私はそこで信じられない衝撃的な光景を見た。

おそらく私の生涯で忘れることはないだろう。

その御仁は、証券会社のOBをアナリストとして雇用し、たしか4050銘柄くらいの銘柄を絞りに絞って、わずか2銘柄に莫大な資金を集中投資していたのだ。

私は恐る恐る質問した、「この投資方法は個別株に2つしか分散していませんよね?これって予測がはずれたら莫大な損失になりますよね?この投資方法はハイリスクハイリターンではないんですか?大変失礼ですがポートフォリオってご存知ですか?」

ただちに反論が返ってきた。

「バカ者!分散して投資するのは、自分の選択した銘柄に自信を持っていないからだろ?そんな中途半端な意思決定では投資は絶対にうまく行くわけがない。こっちは経営者の素性から企業の主力商品、業績、市場の占有シェアに至るまで、収集できる情報は全部集めさせて徹底的に分析しているんだ、わかるか?やると決めた以上は徹底的にやるんだ、投資は遊びじゃないんだよ!」。

私は疑問に思って質問しただけなのに、なぜか延々と説教を喰らってしまった...

華僑系の特徴は、戦争で言えば人的資源・物的資源を1 箇所に集中する「局地戦」のように、大金を1箇所に集中して投資する傾向が強いように思う(ルーレットで言えばストレートアップベット、1つの数字に賭ける行為)。

これは投資にかぎらず商売にもその傾向が強いように思う。

商売で稼いだ利益は株式や不動産などの不労所得で増やし、不労所得だけで生活できる水準に達した後でも、彼らは自分が選んだ商売そのものに一切手抜きをしない。

なお、子弟教育だけは分散させているようだ。


言葉足らずなので誤解のないように書くが、「○○系がこういう考え方である」というステレオタイプ的な見方や偏見ではなくて、あれから約
10年が経ち、その後、私が実際にお会いした方々は、思い出せるかぎり上記のような考え方をする傾向が強かったように思う。

あくまでも私の実体験での話だが...

 「ユダヤ系」と「華僑系」、どちらも祖国を離れて異国で暮らすディアスポラ(離散の民)だが、考え方が真逆だったことが、当時の私にとっては非常に新鮮だった。

この両者は、書籍等には商売上手のイメージで描かれているが、少なくとも私の経験上、考え方については真逆の傾向がある。

なお、イスラエル出身のユダヤ人はお世辞にも商売上手とは思えない(笑)


投資を始めた頃に出会った
2つの異なる考え方。

どちらも一理あって正しい考え方だと思う。

ただし教科書的に言えば、

ユダヤ系の個人投資家の方の考え方は、「期待収益率」の観点からすれば間違った考え方であり、

華僑系の個人投資家の方の考え方は、「リスク分散」の観点からすれば間違った考え方ということになる。

私は、

世の中には絶対の正解は存在しない

どんな考え方にも長所と短所が存在する

ということを、身を以て体験させていただいた。

さらには、十分に分散する資金があるお金持ちであっても、必ずしも全員が分散投資をしているわけではないという事実があることがわかった。

私は、ジュネーブでの経験から、「お金持ち=分散投資をしてリスクヘッジをする」ものだとばかり思っていたので、香港での出来事は衝撃的だった。

一方はギャンブル、もう一方は金融取引。

ラスベガスと香港の話は、同じ土俵で比べていないので相対比較ができるものではないのだが、投資を始めた頃、2つの場所で「全く異なる考え方」に出会った。


私はいろいろ考えた結果、「ゲームを長く続ける」というユダヤ系の個人投資家の方のベット(賭け)の仕方を参考にすることにした。

こちらの考え方を選んだ最大の理由は、単に私の価値観の問題だ。

おそらく私の価値観は16歳の時の経験が強烈に脳に刷り込まれてしまっていたのだと思う。

「増やす」よりも「減らさないように」投資するという考え方そのもの』が、結局のところ、ゲームを長く続けるコツだと思っている。

時々、ふとあの頃を思い出していろいろ考えるのだが、職業として金融取引をするようになった今でも、どちらに優位性があるのかは正直言って未だにわからない。

「集中」と「分散」、どちらも一理あると思う。
 

世の中には絶対の正解はない。

富裕層とプチ富裕層

 

インドの富裕層はゴルフに行くときはボロボロのシャツを着て行くのだそうだ。

いいシャツを着ていると山賊が襲ってくるらしい(笑)



日本はつくづく平和な国だなぁと思う。


*****


一般的に富裕層と呼ばれる人々は、
自分の意思決定力をしっかり持っていて、経済的合理性に基づいて物事を論理的に判断していく。


「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「どのように」やるのか、
その結果として「どうなるのか」。

「メリットとデメリットは何か?」

「リスクに対してリターンはどのくらい見込めるのか?」

「事業計画書はあるのか?」

「数値データはあるのか?」

「数値データに確たる根拠はあるのか?」
etc...


むしろ、このように判断できなければそもそも富裕層にはなれないし、
運良くなれたとしても、あっという間に詐欺に引っかかって奈落の底に落ちてしまうだろう。

それゆえに、「彼ら」は人脈をとても大事にする。

彼らの特徴は、「何を買うか」「どこで買うか」ではなく、
「誰から買うか」という事を非常に重視する傾向が強いように思う。

また、彼らが投資家として資金を提供する際にも、
「何をやらせるか」はもちろん大事だが、それ以上に「誰にやらせるか」、さらに言えば「どんなチームに運営を任せるか」ということを非常に重視している傾向が強いように思う。

彼らはすでに優秀なビジネスパートナーを有していて、
「誰に」「何を」「どのタイミングで」頼めばいいのかを把握している。

富裕層の周りにはやはり富裕層の友人がいて、
彼らの周りをさらに専門家である優秀なビジネスパートナーたちが囲っている。

だから孤独な富裕層というのはあまり見かけたことがない。

私も社会に出てからわかったのだが、
彼ら―富裕層と呼ばれるヒトたち―は、互いに見えない鎖でつながっている。

だから「金持ちケンカせず」という言葉があるのだろう。

このように、

富裕層に近づく情報のほとんどは専門家である優秀なビジネスパートナーたちによって厳密に情報処理が施され、詐欺師はなかなか近づくことができない仕組みになっている。



これに対してプチ富裕層と呼ばれる人々は、
自分たちが裕福でありつつも、どこか心が満たされていない。

世間一般の人々よりは収入はあるけれども、
かといって大金持ちでもない、いわゆる小金持ち。

高収入によって「物質面」は満たされているけれども、
なんとなく「精神面」が満たされていない人々。

彼らの周りには富裕層の友人もいなくて、
相談できる優秀なビジネスパートナーもいない。

逆に、たいしたことのない人脈がたくさんいたりする。

彼らはお金の使い方を考えるとき、非常に孤独だ。

だから、適格にアドバイスしてくれる専門家がいないため、
寄ってくる情報に安易に乗った結果、詐欺被害に遭ってしまったり、雑誌やネットでの情報収集につい依存してしまうのだと思う。

誇大広告に騙されて、
数十万円、数百万円もするような高額商品を買って大儲けどころか大損失を被ってしまった、こういう人をよく見かける。

これはある種のコンプレックスを反映した結果だとも思うのだが、
数十万円もするブランド物のバッグが飛ぶように売れたり、数千万円もする輸入関税たっぷりの外国製の高級車が街を走っているのは、富裕層に少しでも近づきたいという、承認欲求が顕在化した現象ではないだろうか?

多くの人々が高級ブランドを購入したがる理由は、かつてソースダイン・ヴェブレン(T. Veblen)が『有閑階級の理論』の中で提起した街示的消費の心性に駆られているがためであり、

"裕福でない隣人が買った商品よりも高価な商品を所有し見せびらかすという、ただそれだけのことに満足感を覚える"


という消費者心理が現代社会の文化的本性として横たわり、その経済行動に抜き難い影響力を及ぼしているからに他ならないだろう。

言い換えれば、「物質面」を満たすことによって「精神面」をカバーしつつ、
街に出るときにわずかながらの自己顕示欲を満たすためのガラクタを購入し続けるわけだ(笑)


「最近ベンツを買ったんですよ。減価償却で
4年落ちは2年で落とせますからね、いや、うまく行けば税務担当者によっては1年で認めてくれるかもしれないな。この度、節税対策も兼ねて買ってしまったんですよ、ははは。それに、やっぱり経営者たる者、万が一事故にでも遭ったらしばらく商売できなくなりますからね。体が資本といいますか、やっぱりドイツ車はいいですよ。頑丈ですしね、いざという時に体を守ってくれますから。ほら、リスクヘッジというやつですよ。やっぱり体が資本、体が資本ですよ。」


これは建て前
...


「私は実業家。事業がんばってお金持ちになった。わーいわーいヾ
(^^)ノほらみんな見てくださーい。わたしはお金持ち。ほらベンツ乗ってるよ。あっ、ベンツってわかるかな、左ハンドルの高級な車ね。さぁて、見せびらかしに街に出かけよっかなー。おっ!信号が赤になったぞ。横断歩道を渡るヒトがこっち見てるな。チッ、しょーがねーなー、特別に窓全開にしちゃおうかな、ほら見て見てー。私はお金持ちv(^^)v


これが本
...


ということで、ブランド品のマーケティング戦略がアプローチする対象は、
『富裕層の財布の中』ではなく、富裕層っぽく見られたいと願うプチ富裕層の『コンプレックスと自己顕示欲』だったりするわけだ。

この部分の心理をいかに巧妙に埋めるのかが、彼らの商売の基本なのだから。

彼らは富裕層に憧れを抱く一方で、
「理想」と「現実」の狭間でジレンマを感じており、少なからず、「嫉妬」や「妬み」を持っている。


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出典元:「カウンセラーになるのだ日記 


つまり、富裕層ビジネスとは、この心理状態に揺さぶりをかける行為のことだ。

本質は、イソップ寓話の「すっぱい葡萄」の話と全く一緒だ。



そもそも富裕層ってじつはあまりお金使わないし、
現金をあまり持っていなかったりする。

彼らは自分の利益の源泉が
「社会経済そのもの」にあることをよくわかっている。

だから、「自社の株式」や「不動産」といった実物の資産が本物であることをよく理解していて、
資産に対する現金比率はじつは想像以上に少なかったりする。

彼らは本当に地味というか、
ロクにバッグさえ持たずにデパートの紙袋にお金をたくさん入れて、平気で移動する姿をよく見かける。

おそらく、車で移動するから雨にも濡れず、紙袋で十分なのだろう。

さらには、昼食は牛丼や立ち食いそば、
どの時間に混雑しているかわかるので、ピーク時間帯は避けて行動する。

また、旅行に行くときは旅行代理店で格安チケット探しに精を出す、
どのシーズンのどの日程が最も安く目的地まで移動できるのかを把握するためだ。

余談だが、デパートの売り上げのほとんどは、
外商と呼ばれる富裕層の専門ブースで行われている。

外商部の営業マンたちは口を揃えて言う、
「当デパートの本当のお客様は混雑している週末には絶対にやって来ません、お客様は平日のお昼に散歩がてらに立ち寄ってくださいます」、と。

彼らは物事の本質をよくわかっているというか、
バッグは「モノを運べればいい、底が丈夫で機能性が高いバッグをください」、車は「移動できればいい、燃費のいい車をください」といったように、非常にドライで現実的な考えを持った方が多いように思う。


考えてみれば、富裕層は周囲が富裕層であることをすでに知っているので、
付加価値たっぷりのブランド品を見せつけて、わざわざお金持ちアピールに精を出す必要がないのだから。



「富裕層」と「プチ富裕層」



お金持ち入門者は次のステップまでが遠いようだ
...

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