沖合に浮かぶ小さな島。

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シンガポールからクアラルンプールを経由してラブアン島にやって来た。

ラブアンは、クアラルンプール、プトラジャヤと並ぶ連邦直轄領のひとつで、マレーシア東部サバ州南シナ海の沖合いに浮かぶ小さな島だ。

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この島を訪れる人といえば、コタキナバルからブルネイに渡航するフェリーの経由地のため、せいぜい乗り継ぎのバックパッカーが立ち寄るくらいのものだろう。


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島の中心部バンダルラブアン地区

また、ラブアンは
1990年にマレーシア政府がオフショア金融センター(通称:LOFSA)を設立して以来、近年はタックスヘイブン(租税回避地)として注目され始めている場所でもある。

アジアのタックスヘイブンといえば、香港やシンガポールが有名だが、正直なところ、ラブアンはパッとしない寂れた港町という印象を受ける。

LOFSA設立当初の時代背景を考えれば、マレーシア政府はおそらく、香港の金融センター1997年の中国返還後に国際的地位を失うことを密かに期待し、新たな外貨獲得の受け皿となるべくオフショアセンターを設立したのだろう。

ところが、返還後も香港の国際金融センターとしての地位は向上し続け、さらに隣国シンガポールからも大きく引き離され、マレーシア政府の思惑は
完全に外れてしまった。

しかしここで、
2000年代に入ると、人類史上かつてないほどの大革命が起きる。


Internet-Policy
出典:「
With Great Opportunity Comes Great Responsibility: The Role Of Business In Shaping Internet Policy

そう、IT革命だ。

ブロードバンドの急速な普及とともにITインフラが発達し、商取引が電子化され、私たちの経済活動の多くは物理的な制約から解放されるようになった。

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出典:「
Importance of Information Technology in Business


その結果、
金融取引を初めとする電子商取引の多くは、より税率の低いオフショア地域を求め、ラブアンへと資金が移動し始めた(実効税率で見れば香港16.5%、シンガポールが17%なのに対して、ラブアンはわずか3%である)。

ラブアンは上記のようなパラダイムシフトの恩恵によってその価値が再検討され、近年注目を浴び始めたと考えられる設立から25年経った今でも、特に島自体が発展しているようには見えないが...。 


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窓を開けると亜熱帯の風、まさに南国気分だ。


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しばらくの間、ゆっくり休暇を取るにはいい場所かもしれない。

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*****

ホテルを出て、
タクシーで周囲を回ったが本当に何もないのどかな島だ。


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免税港。ここを通過する貨物は全て免税扱いとなる。

考えてみれば、資源や産業に恵まれないラブアンのような島国は、税率を低くすることにより外資系企業を誘致し、外貨を獲得する戦略を取るしか生き延びる術はないのだ。


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こちらは倉庫街。日中は暑いので、ほとんど人影も見当たらない。

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関税が全くかからないのでアルコールやたばこ、香水などが非常に安く購入できる

*****

この島は、注目され始めているとはいえ、周辺諸国の経済発展から完全に取り残されてしまったかのように見える。

クアラルンプールから飛行機で
2時間余り、沖合に浮かぶ小さな島。

ケイマン諸島やバミューダ諸島など、たまに新聞紙面を賑わすタックスヘイブンの実態は、おそらくどこもこんな感じなのだろう。

とはいえ、法人設立候補地としてせっかく視察に来たので、金融センター(
LOFSA)に足を運んでみることにした。


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ラブアンオフショア金融センター(LOFSA

一般的にタックスヘイブンは、マネーロンダリングの温床とも言われており、正直なところ暗いイメージしかなかったが、実際に足を運んでみると想像していたよりまともな場所だった。

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ここが受付

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ここは会議室

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ラブアン法人の設立・管理を代行するトラスト(信託会社)の一覧表

LOFSAの担当者にオフショア法人設立を検討している旨を伝えると、設立代行業者(信託会社=トラストカンパニー)の一覧表をくれた。

1990年から2015年現在までに延べ1万社以上の法人が設立されている実績を考えると、年間の設立数は単純平均で400社くらいだろうか。

全部で信託会社40社くらいあるので、1あたり平均で250社程度を管理していることになる(世界有数の大手会計事務所もラブアンで設立代行サービスを行っているようだ)。

これからもっと増えていくのだろうか。

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LOFSAの周辺は何もない集落だ

昼食後に信託会社をいくつか訪問しようと金融センターに戻り、受付で入居テナントの一覧表を見せてもらった。


ところが
...


ここで驚愕の事実が発覚する。

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なんと世界中の大手金融機関が、この小さなビルの中に拠点を構えているではないか!

可能なかぎり金融機関を回りインタビューを受けたが(何とも迷惑な話だ)、法人口座に限ってのみ口座開設が認められているようで、個人口座の開設をするには莫大な預金をしなければならないとの回答だった。

大手会計事務所を含む信託業者と世界中の大手金融機関の見事な連携プレー。

それらは決して胡散臭いペーパーカンパニーではなく、現地の人々を雇用し、賃金を支払い実体のあるオフィスを構えて法人向けの業務を行っている(ここがポイントだ)。

人口わずか
9万人足らずの小さな島、香港やシンガポールと違ってローカルの人々がここに来ることもないだろう。

では、彼らはここで一体何をやっているのだろうか?


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おそらくだが、
信託会社法人の管理業務によって世界中から集めた資金を、別のフロアにある銀行のオフショア口座で管理させているのだろう(このビルの中だけで取引が成立する)。


それと同様に、オンショア法人はオフショア法人を使い、アジア諸国で得た利益を本国には戻さずに、ラブアンのオフショア口座にプールする(本国に戻さないかぎり課税タイミングが猶予されるため、ほとんど税務コストをかけずに合法的に再投資に回せることになる)。

このスキームが合法とされるのは、

まず前提として、
マレーシアは二重課税の防止策として、諸外国との間で租税条約を結んでいる。




ラブアンはマレーシア連邦直轄領のため、当然ながらマレーシア本土との租税条約が適用される。



マレーシアが諸外国と租税条約を結んでいるということは、
租税条約は当然ラブアンにも間接適用される。



マレーシア本土とラブアンの間に租税条約が適用されると、二重課税の防止策として、ラブアン法人はマレーシア本土ではなく、ラブアンに法人税を納める。



ラブアンはタックスヘイブンなので
法人所得はマレーシア本土の25%に比べて、わずか3%の低税率で税務コストを削減できることになる



ゆえに、ラブアン法人は
3%の税金さえ払えば、マレーシアと租税条約を結んでいる他国に法人税を納めずに済む(※正確には3%2リンギットのいずれかを任意選択できる)。


まるでアリストテレスの弁証法のようだが、彼らは上記のような租税回避スキームを利用して法人業務を行なっているのだろう(※日本居住者の方はオフショア法人を安易に設立したところで、取締役を含む現地従業員の雇用や賃金の支払い、ビジネスとしての実体がないと租税回避が無効となるので注意のこと!)。

※日本とマレーシアは租税条約を締結しているが、ラブアンは対象外となっているため、このスキームが有効かどうかはわからない。 

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上記のような取引はラブアン島内というよりも、厳密に言えばこのビルの銀行内の、さらにオフショア口座という電子空間の中だけで、莫大な金額の資金移動が行われているのだ。

一見すれば、「島自体が発展しているようには見えない」と先に書いたが、私はどうやら大きな勘違いをしていたようだ。

考えてみれば金融経済と実体経済は全くの別モノであり、この島で暮らすローカルの人々にとっては無縁の世界の出来事なのだ。

というのも金融経済にとって、ラブアンの果たす役割は、ただの帳簿上を行き来する電子データの通過点にしかすぎず、
LANケーブル(ホース)の中を通過する電子データ(水)が島に潤いをもたらしてくれるわけではないからだ。

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出典:「Outdoor Conservation Tips 

タックスヘイブンは実体経済と金融経済の交差点であり、

しかしそれは皮肉にも、決して交わることのない立体交差点となっている。

両極が物理的に
最も近づくはずの場所は、決して交差することがないのだ。
 

*****
 

私はこの島に滞在して、「今までの自分の常識が間違っていたのではないか?」と考えるようになった。


多くの人々が行き交う大都会のオフィス街を歩いていると、ここが金融経済の中心地だと思うことがある。

だけど、もしかしたらそれは私の単なる錯覚だったのかもしれない。

私たちが
今まで中心だと思わされていた都会という場所は、単に労働者を効率的に囲い込むために用意された快適な収容所であり、一見すれば何の変哲もないような小さな島の一角に、本当の中心地があるのかもしれない。

おそらく、こんな話を誰かにしたところで「お前は気が狂った」と言われるだけだろうけど
...


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自転する地球の裏側まで領土を拡げることができれば、いつもどこかが太陽に照らされている「日の沈まない国」を創ることができる。

かつて世界屈指の海軍力と自由貿易主義政策のもと、地球上を
植民地として領土化し、ユニオンジャックを掲げさせた大英帝国。

彼らはかつての支配力は失ってしまったように見えるが、独立した多くの島国はその後タックスヘイブンとして姿形を変え、現代も金融経済に強い影響力を持ち続けているようだ。


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ラブアン島の夕暮れ。陽は沈み、またどこかの領土に陽が昇る

現在、タックスヘイブンと呼ばれる地域には数百兆円ともいわれる莫大な富が蓄えられていると聞く。

人口がわずか数万人、平均月収が
6万円程度の人々が暮らすこの小さな島で、日々いったいどれだけのお金が動いているのだろうか?

もっとも、ここでいうお金とは、
物理的な紙幣のことではなくて、帳簿の上にコンピュータが書いたり消したりしている数字の羅列データがあるだけの話だ。

実体経済と金融経済の立体交差点、いろいろ考えさせられる視察旅行だった。


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沖合に浮かぶ小さな島。

しばらくの間、ここに住んだらいろいろな発見があるかもしれない
...