投資の世界では「大きな損失を出すリスクを極力抑えながら、少しずつ利益を増やしていく考え方」(いわゆる「損小利大」)が非常に有効である。
以下の例は一見すれば金額は同じだが、比率で考えれば「今あるものを増やす」よりも、一度失ってしまった「損失を取り戻す」ほうが難しいことがおわかりいただけると思う。
▼1,000円の金融商品が750円に下落した場合▼ | △750円の金融商品が1,000円に上昇した場合△ | |
金額 | 250円の下落(1,000円-750円) | 250円の上昇(1,000円-750円) |
比率 | 25%の下落(250円/1,000円*100[%]) | 33%の上昇(250円/ 750円*100[%]) |
ここではリスクを回避する方法として、「分散」・「積立」・「インデックス」の3つのキーワードを用いて、最も基本となる運用方法をご紹介していきたい。
*****
【分散】
投資の世界には、「卵は1つのカゴに盛るな」という有名な格言がある。
これは、「いくつかの卵を1つのカゴに入れておくと、ひっくり返ったときに全部の卵が割れてしまうので注意しなさい」ということの教訓だ。投資においては、大切な資産をすべて1つの商品に集中して投資してしまうと、暴落など不測の事態により全財産を失ってしまう可能性が高いため、この格言は投資の教科書では頻繁に引用されている。
画像:政府広報「新しい投資優遇制度NISAがスタート」より
分散して投資を行う最大の意義は、「値動きが異なる複数の商品を保有することにより、資産全体の値下がりリスクを極力抑えること」にあるといえる。
たとえば、株式と債券は一般的に正反対の値動きをする傾向があると言われている。両者を例に考えた場合、株式と債券をバランス良く保有することにより、株式が暴落しても、株式の暴落分を債券の上昇分でカバーすることができればマーケットの変動リスク(=βリスク[※1])を低く抑える効果が期待できることになる。例として「株式」は大きく上がって10%の利益を得たとしても、「債券」が10%下落した場合、両者の値動きのブレ幅は相殺されることになるからだ。
保有資産 | 変動率 | 相場変動による利益 | 配当による利益 | 期待収益率 |
株式のみ | +10% | +10% | +3% | +13% |
債券のみ | -10% | -10% | +1% | -9% |
株式と債券 | ± 0% | ± 0% | +4% | +4% |
したがって、相場変動による利益を享受することができなくなる一方で、安定した配当収入を継続的に生み出す効果が期待できるようになる(上図右下の+4%の部分)。
わかりやすいイメージとして株式の配当が3%、債券の配当が1%と仮定した場合、相場変動リスクを抑えながらコツコツと年利4%程度の配当収益を確保する効果が期待できるようになる。一般的にこのような相場変動の影響を受けない投資方法は、市場(マーケット)に対して常に中立的(ニュートラル)な立場を採るため、マーケットニュートラル投資法と呼ばれている。
このように資産を「複数の値動きが異なる商品に分散して投資を行う」ことにより、「相場変動リスクを極力抑えながら安定したリターンを生み出す投資方法」が分散投資の本質であるといえる。
ちょっと小難しい話になるが、こうした商品間の値動きの相関性(連動性)を測定する統計手法を相関分析という(どの程度の連動性があるかを図る指標として「相関係数」という数値を用いる)。
分散投資を行う際は、相関係数がマイナス(負)の値を取る商品のペアをバランス良く組み合わせ、グループ化することにより、相場の上下動に関わらず、安定した配当収益(α [※1])のみをマーケットから獲得していく効果が期待できる。なお、相関係数は-1.0~+1.0の値を取り、+1.0に近づくほど両者は連動性があり、-1.0に近づくほど両者は正反対の値動きをする。
したがって分散投資は、単純にさまざまな投資商品をランダムに組み合わせればよいのではなく、必ず「異なった値動きをする複数の商品を組み合わせること」が重要なポイントとなる。同じ値動きをする商品を組み合わせてはいけない理由は、暴落などの予期せぬ相場変動が発生した場合、すべての資産が目減りしてしまうからだ[※2]。一度失ってしまった損失を取り戻すほうが難しいことはすでに説明した通りである。
もっとも、上昇相場が何年も続いてしまった場合、一方の上昇分の利益は、他方の下落分の損失で相殺されてしまうため、相場変動の恩恵が受けられず、この点はデメリットであるといえる。分散投資は相場変動リスクを回避できる一方で、相場変動によるリターンの恩恵を受けられないというデメリットがあることは覚えておいてほしい。
※1 β(ベータ)とは、ベンチマーク(参考指標)に対するポートフォリオの感応度のことをいう。その一方、α(アルファ)とは、ベンチマークの動きにかかわらず生じる収益のことをいう。通常、インデックス指数がベンチマークとなるが、ここでは値動きの異なるインデックス商品を組み合わせることにより相場変動であるβを相殺するため、配当によるリターンがαとなる。
※2 現実のマーケットでは、上記のような異なるアセットクラスで、全く同じ値動きをする商品も真逆の値動きをする商品も存在しない。同程度の期待リターンのアセットクラスがあった場合には、値動きの相関がより低いアセットクラスの組み合わせでポートフォリオを構成することにより、個別のアセットクラスよりもポートフォリオのリスク(変動率)が低減するということ。この点が、「期待リターンが同じであればリスク(変動率)は小さい方が好ましい」という前提があるファイナンス理論において、分散投資が推奨される理論的な背景となっている(実際は理論通りにうまくはいかないが、機関投資家はこれを巧みに営業トークに織り交ぜることになっている)。
*****
【積立】
投資とは「良いものを買うことではなく、ものをうまく買うこと」によって成功する。
本質的価値から見て割安な価格で大量に購入し、割高になってから売れば、大きなリターンが得られるからだ。日常生活と同様、本質的価値が同じものであればなるべく割安な価格で買ったほうが、よい買い物ができることになる。そのため「いつ買うか」「いつ売るか」について日々値動きを追っている投資家が多いのが現状のようである。
しかし、どういうわけか投資の世界においては、多くの方が正反対の行動を取ってしまいがちだ。多くの投資家が注目された銘柄に投資をするので、結果として高値掴みをして損をしてしまう。その一方、保有している商品が値下がりすればすぐに売ってしまう。
本来であれば、世間から注目されているような割高な銘柄は売り、注目されていない割安な銘柄を買うべきなのだが、どういうわけか多くの投資家は割高な銘柄を買い、割安な銘柄を売るといった真逆の行動を取っているのが現状のようだ――。
しかし、売買のタイミングに悩んだところで、投資のプロでさえ最適な投資タイミングを知ることは不可能である。最安値のタイミングなんぞ、結局のところ、後になってみないと誰にもわからないのだ
[※3]。
そこでおすすめしたいのが積立投資だ。答えが出ないことにあれこれ悩むよりも、継続的に積立投資を実行したほうが、時間を分散することにより、結果として取得リスクを分散することができる。毎月一定額を機械的に投資して行けば、価格が安いときに多く購入でき、平均購入価格が低くなる効果が得られることになる。
画像:三菱UFJモルガンスタンレー証券「ドルコスト平均法」より
これは「ドルコスト平均法」と呼ばれている。継続的な積み立て投資(ドルコスト平均法)を活用することにより、「時間の分散」によって大きな失敗を防ぐ効果が期待できるため、投資を始める方は積極的に活用してほしい
[※4]。
※3 2013年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のファーマ教授、エール大学のシラー教授が行った「資産価格の実証研究」によれば、ファーマ教授は短期的な資産価格の予測は困難であると語っている。一方のシラー教授は3~5年先といった比較的長期の価格は予測可能なことを示している。
※4 投資期間が一方的な下げ相場であれば、運用期間中の平均取得金額が少なくなるドルコスト平均法は有利であるが、逆に、一方的な上げ相場が続いてしまうと、ドルコスト平均法よりも一括で取得したほうが有利になる点はデメリットとなることに注意が必要。この場合、ドルコスト平均法で時間を分散したことにより、かえって機会損失になってしまうからだ。
*****
【インデックス】
インデックスファンドは市場の構成銘柄をパッケージ化した商品であるため、「市場をそっくりそのまま再現できる金融商品である」といえる。
金融マーケットが機関投資家によって支配されるようになった現在、市場の平均値(インデックス)の値動きは投資のプロの動きをリアルタイムに反映する指標そのものとなってしまった。新しい情報が発生し、プロが判断を変えるたびに市場平均も連動することになる。
このように、市場平均そのものが投資のプロと呼ばれる機関投資家全体の判断による合成期待値となった今、世界中のトップトレーダーを含むプロの運用判断を1つにまとめてしまうには、インデックスを活用することが合理的な選択肢であると考えられる。
また、インデックスファンドは売買手数料も安く、運営コストも安いため、わずかな手数料を支払うだけで「プロの運用チームのスタッフを雇うのと同様のメリットが得られる」ことになる。
資産運用にインデックス投資をおすすめしたい理由は2つある。
ひとつは、インデックスファンドは、「市場平均に連動していることにより、リスクがすでに分散されている商品であること」、「売買を頻繁に行う必要がなく、極論を言えば何もする必要がないため、手間がかからないこと」がメリットとして挙げられる。もっとも、デメリットとしては「平均点しか取れないこと」だろうか...。
インデックス投資のメリット | 市場平均に連動していることにより、リスクが分散されている |
売買を頻繁に行う必要がなく、ほとんど手間がかからない | |
インデックス投資のデメリット | 平均点しか取れない |
しかし、プロの運用機関の80%が、市場平均値(インデックスファンド)を上回ることができていない現状を考えれば、彼らが市場平均を上回るために投入した膨大な調査や人件費等のコストを比較した場合、(ベンチマークを上回るために費やしたエネルギーとコストを信託報酬として1%弱支払うだけでいいのだから)、インデックスファンドを保有することは費用対効果が極めて高いと言えるのではなかろうか?
アクティブファンド | 売買手数料 | 高い |
運営コスト | 高い | |
インデックスファンド | 売買手数料 | 安い |
運営コスト | 安い |
またコストの面でもインデックス投資はアクティブ投資に比べて優位性がある。アクティブファンドはインデックスファンドに比べ、非常に高コストである。インデックスファンドの場合、ネット証券などで販売されている商品は、多くがノーロード型と呼ばれる販売手数料がかからない商品になっているため、個人投資家の方はこうした商品を活用したほうが経済合理的である。また、信託報酬が低いファンドが多いのもインデックスファンドの特徴といえる。
すでに述べたとおり、上位20%のアクティブファンドが市場平均を上回ることは事実であるが、それだけ優秀なファンドがあれば、それはすでにマスコミや週刊誌で注目され、私たちも知っているはずだ。しかしそれは結局のところ、「あとになってみないとわからない」のだ。
さらには、過去2、3年間の運用成績が良かったとしても、5年10年と長期的に渡って市場平均を上回る大手の運用機関の数はさらに少なくなり、そのような運用成績のよい商品を選び出すことは簡単ではない。特に数年間だけの成績を見ても、標本データ(サンプル数)が少なすぎるため、運用方法がたまたま相場にフィットして運良く儲かったのか、実力により儲かったのか判断の見極めは難しいところだ。
これから投資を始める個人投資家の皆さんは、インデックスファンドを活用することにより、最小限の労力で平均点を取ることが可能となるため、将来の資産形成の手段として積極的に活用していただければと思う。
インデックスファンドは非常にたくさんの種類があるが、同じインデックスに連動するファンドであれば運用成績はほぼ連動するため、あまりこだわる必要はない。例えば、日本の株価指数である日経平均225に連動するファンドであれば、日経平均が10%上がれば、どのファンドでもほぼ10%上昇するように設計されているので自分の好みで選べば構わないだろう[※5]。
インデックスファンドの中には、投資対象の異なるインデックスファンドをシリーズ化しているものがあり、これらをバランスよく組み合わせることで、コストやリスクを最小限に抑えながら、世界中のマーケットに分散して投資を行うことが可能となるため、積極的に活用していただければと思う。
※5 規模の小さなインデックスファンドを選択してしまうと、指数構成銘柄全てを組み込めずに本来10%上昇すべきところが、9%や11%、8%や12%になり、本来の指数から±数%程度の誤差が発生してしまう可能性がある(これを「トラッキングエラー」という)。そのため、なるべく規模の大きなファンドを購入されることをおすすめしたい。仮にトラッキングエラーの大きな商品を購入し、本来の株価指数を上回るリターンを上げたとしても、同様に下回るリスクもあったため、結果論としては成功(結果オーライ)だが、商品選択の判断としては失敗といわざるを得ない。
【国際分散投資③~複利効果と時間的分散~】へ続く
*****
(参考:カン・チュンド 「忙しいビジネスマンでも続けられる 毎月5万円で7000万円つくる積立て投資術)」アスカビジネス、2009
(参考:山崎元、水瀬ケンイチ「ほったらかし投資術 インデックス運用実践ガイド」朝日新書、2015年)
(参考:内藤忍「内藤忍の資産設計塾【第3版】あなたとお金を結び人生の目標をかなえる法」自由国民社、2015年)
(参考:チャールズ・エリス「敗者のゲーム(新版) なぜ資産運用に勝てないのか」日本経済新聞社、2003年)
(参考:ハワード・マークス「投資で一番大切な20の教え―賢い投資家になるための隠れた常識」日本経済新聞出版社、2012年)