グローバル社会と呼ばれて久しいが、いまだに国家という概念は存在しているし、国境線も健在だ。
もっとも、実感としては、国境線が実線から点線になってきたように思う[1]。
海外旅行はひと昔前に比べればだいぶ身近な娯楽になったし、飛行機の窓から地球の表面を見渡せば、実は国境線など存在しないことに気が付くだろう。
そう考えると、国家や国境という概念は、私たち人間の意識が生み出した政治的な概念にすぎないということになろうか...
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私たちは生まれながらにして「地球人」であると同時に、どこかの「国民」であり、それとは別に、どこかの「民族」に便宜上、分類される。
今の時代、国境線を引いて、「日本国民≒日本人」のように、線の中にキレイに分布が収まるケースというのは実は非常に珍しい。
これは、日本が「ホモジニアス(単一民族国家)」であるという特徴があるからだろう(※厳密に言えば、日本は単一民族ではない。大和民族はあくまでも多数派なだけ、北海道のアイヌ民族や沖縄の琉球民族の方々と共存している[2])。
アメリカを例にとれば、あるグローバル企業で働く従業員たちもそれぞれアイデンティティを持っていて、仕事が終わればWASP、ヒスパニック系、ユダヤ系、アラブ系、日系、華僑系、みんな自分たちのコミュニティに帰っていく。
しかし、9.11同時多発テロのようにアメリカがひとたび攻撃を受けようものなら、星条旗の下に一致団結し、彼ら/彼女らのアイデンティティは一転してアメリカ人になる。
私の手元にある英語辞書で「国民」と「民族」を引くといずれも「nation」と訳されているが、上記のアメリカの例を見れば、「国民」と「民族」というのは必ずしもイコールの概念ではないことがわかるだろう。
出典:「論理積 (AND) P ∧ Q のベン図による表現」
アンダーソンによれば、
「民族は想像の共同体である」
ベネディクト・アンダーソン「定本 創造の共同体-ナショナリズムの起源と流行-」より
とされる。
民族とは、同じ言語を共有する人々であると定義されるが、そもそも言語の区別は客観性を持ち得ず、そこから想像された民族という概念もまた客観性を持つものではない。それゆえに、民族とは人間の意識が生み出した主観的な概念にしか過ぎないのである。
たしか上記のような論調だったと思う。
まず簡潔に、フランス国籍を持ってドイツ語を母国語(母語)とするアルザス・ロレーヌ地方(フランス)の人々のアイデンティティはどんなものなのかを考えてみたい。以下は、簡単な歴史の経緯である。
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1919年にパリで調印されたヴェルサイユ条約により、第1次世界大戦は公式に終了した。これにより、米・英・仏の3カ国が、強い主導権を握った。講和会議では、戦争で悲惨な被害を出したフランスのドイツに対する報復が目立ち、ドイツはフランスに対して多大な賠償金の債務を負うことになった。ドイツはすべての海外植民地を放棄させられ、鉄鉱石の9割を産出するアルザス・ロレーヌ地方をフランスに返還し、軍備も極端に制限された。もちろん他の同盟側諸国も領土を縮小された。
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現在この地域に住む人々は、フランス国籍を有するフランス国民である。
その一方で、
現在この地域に住む人々は、ドイツ語を母国語(母語)とするゲルマン民族に分類される。
「nation」を単純に国籍で分類すれば、この地の人々のアイデンティティは「フランス人」となり、言語を背景とした母国語(母語)で分類すれば、「ゲルマン民族」となる。
次に、このような思想は、チェコ人のナショナリズムの歴史のなかにも見出すことができる。以下は、簡単な歴史の経緯である。
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現在のチェコ共和国及びスロバキア共和国により構成されていたスラブ民族の国家。チェコ人とスロバキア人がひとつの国を形成するべきであるというチェコスロバキア主義(汎スラブ主義)に基づく。第二次世界大戦後、チェコスロバキアは共和国として再統一される。1960年には社会主義共和国となったが、「プラハの春」と呼ばれる改革運動の結果、スロバキアはチェコと対等な社会主義共和国として連邦制への移行を果たした。しかし1970年代の「正常化」の過程で中央集権化が進められた結果、政治行政の権力は再びチェコ側に集中した。これらの経緯が、共産政権崩壊後の両国の分離を促す背景となった。
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民族は言語により規定されるという考え方を示した人物として、ヤン・コラールが挙げられる。
彼は「汎スラブ主義」という概念を提唱した人物である。彼の主張によれば、スラブ人とは1つの民族であり、スラブ語は1言語であるという、民族が「言語に基づく共同体」であると定義付けられる。
これに対し、カレル・ハヴリーチェクは「汎スラブ主義」を否定、スラブ人とは「地理的、政治的、或いは文学的に区分された単なる名称でしかない」という考え方を示した。彼は、民族的な基礎付けは言語によってなされるべきだという立場をとり、チェコ語を基礎としたチェコ民族の再構築を目指した。
しかしながら、ハヴリーチェクの定義によれば、チェコ語を共有する民族の中には、スロヴァキア民族も含んだチェコ民族という、2つの民族が存在することになる。
リュドヴィート・シュトゥールはハヴリーチェクの考えを利用し、スロヴァキア語を共有するスロヴァキア人という概念を「意図的に」作り出した。彼は『スロヴァキア語文法』を著し、スロヴァキア語がチェコ語の方言ではなく、チェコ語とは別の言語であることを証明した。
実は、チェコ語とスロヴァキア語の間にはほとんど相違はなく、両者を区別しているのは、「人間の意識が生み出した政治的な決定」にすぎない。
この意味において、ただ単に話が通じるというだけでは必ずしも同じ言語とは定義されず、言語とは「人間の主観に基づいた意識の中で決定されるもの」だということになるだろう。
以上に述べたように、民族とは人間の意識が生み出した主観的な概念にしか過ぎず、それを定義する根拠となっている言語もまた客観性を持ち得るものではないのである。
ゆえに、「民族は想像の共同体である」とされる。
最後に、気になることがあったので図書館で「韓国語」と「朝鮮語」の辞書を見比べてみた。
なるほど、ハングルは何となくしか読めないが、どちらの辞書もほぼ左右対称のように見える。
在日韓国人の友人に電話をかけて尋ねてみた。
「韓国と北朝鮮って同じ言葉を使っているよね?」
「まぁ、そうだね」
「同じ民族同士なのに、どうしてわざわざ分ける必要があるんだろう?」
「うーん、わからないなぁ。お互いを区別するための意識の問題じゃないのかな?」
今日でも依然として、世界各地で民族紛争が絶えず起こり続けている。
民族とは私たちの意識という「主観」が作りだした幻想にすぎないということを認識し、「客観的」に問題の解決に取り組んで行く必要があるのかもしれない。
一筋縄ではいかないけれど...
21世紀が戦争のない平和な時代になることを心から願う次第である。
[1]10代半ば頃、オランダのカフェテラスでコーヒーを飲んでいたところ、足元の白十字の点線が気になったので店員のオネエさんに尋ねてみた。彼女にさらっと言われた、「ああ、これはベルギーとの国境線なのよ」。島国育ちの私にとって、国境に対する固定観念が崩れ去った瞬間だった...。
[2]「共存」という言葉は多数派からの押し付けのニュアンスが強いので、少数派からすれば「同化」という表現が適切かもしれない。
※追記
社会人になってから、仕事に追われてゆっくり本を読む時間も減ってしまった。
文化的な時間を過ごすようにと上司からまとまった時間をいただいたので、何をしようか真剣に考えた。
吉原に住み込んで情緒的な快楽に浸る、放蕩生活を一度くらい堪能してみたかったが、①お金がないのと、②無事に社会復帰できる自信がない、そして何よりも③上司に報告できない(笑)
ということで、久しぶりに大学のキャンパスを訪れて学生気分に戻った。
夏のひととき、文化的な時間を過ごせたことにN部長とK先生には本当に感謝。
まったく学校にも行かず、授業にも出ず...
水商売にハマってしまった私からすれば完全にアウェイな場所だ...
近くて遠い場所、それが教室...