柱の裏の落書き

ひまつぶしにぶつぶつ書いてみる

愛と憎しみの振り子


男女の仲は難しい。異性の取り扱いは永遠のテーマだと思う。

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画像:「A Future Without War


「愛」と「憎しみ」は表裏一体の関係だ。

愛が深ければ深いほど、憎しみも深いものになる。

一方に振れた振り子は、他方にも同じ振れ幅の作用をもたらす。

しかし、愛の方向に振れた振り子は、それ以上に憎しみに振れることがある。



*****


かつて、友人
がフラれた。

もう数年前の出来事だ。


彼は当時、就職浪人をしていて、将来は結婚まで考えていた恋人
がいた。

就職活動が忙しくてなかなか会えないけど、これも彼女のため。

資格を取るために必死に学校に通う、これも彼女との将来の生活のため。

ところが女性のほうは、飲み会で知り合った商社マンの男性と知り合い、
やがて二人は恋に堕ちた。

そして友人は捨てられた
...


「くそー見返してやる!今に見てろよ!」

負のエネルギーというのは本当に恐ろしいもので、
彼は人が変わったように人生を仕事に捧げて懸命に働いた。

彼は転職市場で自らの市場価格を吊り上げ、日系証券会社→外資系投資銀行→マクロ系ヘッジファンドへと超短期間で自らの労働力を転売し、ビジネスマンとしてのキャリアを積み上げた(らしい)。

現在は退職して、不動産投資会社のオーナーをやっているそうだ。



先日、数年ぶりに電話がかかってきた。


「あの日の事覚えてるか?オレが泣いた日のこと
......」

「もちろんだよ。まさか!まだ根に持ってるのか?(笑)」

「そうじゃないんだ。復縁の要請があって困ってるんだ(笑)」

「ほぉ
......



要点をまとめると、


現在、婚約中の恋人がいる



かつての女性とはもう関わりたくない



いかに自分が身勝手な要求をしているか代わりに説明してやってくれないか?


ということだ。


おかげで、「かつての筆頭株主様」に電話をかけさせられるハメになった。

これはマジでめんどくさい業務委託だ(笑)



プルルルル。。。

「もしもし、
かつての筆頭株主様かな?

時間の無駄なのでわかりやすく要点だけお話しするよ。

君はかつて
A という銘柄を保有していた。

正確に言えば、
Aという「当時」は投資家Bから適切に評価されていない割安株のコールオプション(ストックオプション)を全株保有していた。

ところが権利行使前に見切りをつけて、「将来値上がりした場合に受け取ることができる権利」を自ら放棄した。

今、君は保有していないコールオプションのキャピタルゲイン(売却益)を狙って、かつて見切りをつけた権利を取り戻そうと必死だ。

キャピタルゲインを享受できる資格を持つ人間は、「現時点」でオプションを保有している投資家だけだ。

まぁ簡単に言えば、「現時点」で株主名簿に君の名前はない。

よって、君はキャピタルゲインの恩恵にあずかることはできない。

以上だ、言いたいことわかるな?」



「もういいわ、ガチャ!」




わずか
3分足らずで電話を切られた。

要点が的確に伝わったようだ(笑)


このことを友人
に話したら、 大笑いされたが......

。_(_△_)ノ彡☆




「歴史に 
" i f は無い」と言われる。



「もしもあの時、別のパートナーを選んでいたなら、今頃は違う人生だったかもしれない」

逃がした魚はあまりにも大きかった
......

誰だって一度や二度、そんな経験があるだろう。


人間というのは何がきっかけで株価が暴騰するかわからない。

適切に評価されていない潜在価値を持った優良銘柄を見つけるのは本当に難しい。


この話の感動的なところは、


恋人に捨てられた惨めな就職浪人男 < 商社マンに乗り換えた尻軽女

いう劣勢ポジションから一転して、

悠々自適な不動産投資家
 > 売却時の価格で買い戻しを目論む投資家

いうマウントポジションに形勢が大逆転したことにある。



何と見事な下克上だろうか! 


あまりにも恍惚としたメシウマ感のせいで、 電話中に思わず○○してしまいそうになったではないか(笑)


おかげで、自称Mの私でさえも、サディスティックな快感を覚えてしまったようだ。



友人には、「君のおかげで今は幸せに暮らしているよ、感謝するよ」
くらいの皮肉の1つでも言って欲しかったのだが。


私の性格がクズだからなのか......



まぁ、お幸せに!
 

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『愛の反対は憎しみではなく、無関心です』

マザー・テレサ



友人にとって、

「愛」の反対は「憎しみ」ではなく、

いつしか「無関心」に変わったようだ。

禁断の果実

 

2013年が明けた。


今年の干支は「蛇」らしい。



元日の日経『
春秋』に新約聖書の一説が紹介されていた。

  

わたしはあなたがたを遣わす。

それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。

だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。


(「マタイによる福音書」第
1016節)


蛇とは、創世記
3章に出てくる、イブをそそのかして禁断の果実を食べさせた、「サタンの化身(悪の象徴)」として描かれている。

イブはその果実を夫であるアダムにも勧め、神の言いつけを破った二人は楽園を追放されてしまう。


そう、
失楽園の物語だ。



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ギュスターヴ・ドレ「楽園から追放されるアダムとエバ」



失楽園といえば、
97年に放送された古谷一行さんと川島なおみさん主演のドラマを思い出す。このドラマがきっかけとなり、日本中が空前の不倫ブームになったらしい。

渡邉淳一先生恐るべしだ。。。 


あなたの決心が固まったら... 

きらきらとガラスの粉(かけら)になって

このまま消えてしまいましょう

誰も知らない楽園(くに)へ

ZARD永遠」より)


フジテレビの「
SMAP×SMAP」を観ながらラブシーンがどうしても気になって、日本テレビとの間を行ったり来たりしていた方も多かったのではないだろうか? 

私もその一人だったわけだが(笑)  

  

主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。

蛇は女に言った。

「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」

(「創世記」第
31節)

女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。

女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。

(「創世記」第
36節)

神は言われた。

「取って食べるなと命じた木から食べたのか。」

(「創世記」第
311節)

アダムは答えた。

「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、
木から取って与えたので食べました。」

(「創世記」第
312節)

主なる神は女に向かって言われた。

「何ということをしたのか。」

女は答えた。

「蛇がだましたので食べてしまいました。」

(「創世記」第
313節)


ここでは、人類初の責任転嫁の様子が描かれている。
浮気や不倫がバレた時の言い訳と全く一緒だ。

人類というのは
5,000年以上も前から、「自己防衛」という本能は何も変わっていないことがよくわかる。


apple
画像引用元:「
The Forbidden Fruit



以上を踏まえつつ春秋』を読むと、
 
 

エデンの園で、おいしそうな禁断の木の実を食べるよう蛇がイブをそそのかした。

それは一面、悪事への誘惑であるが、他方、神の掟(おきて)に逆らっても自分の信ずるところにしたがう大切さを説いてもいる。

すでにある国や社会の基準から自由になれとそそのかす蛇は、だから賢い……。

(荒井献「『強さ』の時代に抗して」)


なるほど、そういう発想もあるのか!


つまり、「蛇」というのは、私たちの心の中に宿っている「諸刃の剣」のことなのだと思う。

一方において、楽園の中の「食べてもいい果実しか食べない」という行為は、「自己犠牲」を意味する。行動リスクをとらなければ期待リターンは小さくなる。

他方において、楽園の中の「禁断の果実を食べる」という行為は、「現状からの開放」を意味する。行動リスクをとれば期待リターンは大きくなる。


ただ、禁断の果実を食べまくった私からすれば、
行動リスクを大きく取ったものの、期待リターンが小さかったことも多々あった。

現実社会というのは、なかなか都合良く理論通りには動いてくれないものだ。


それでも、


自己欺瞞に満ち溢れた世界が嫌ならば、

蛇の言うことを素直に聞いて、

楽園から逃げ出してみてはどうだろうか?


ただ、これだけは言っておきたい。


理論上、振り子の振れ幅は常に等しい。

「安定」と「自由」はトレードオフの関係だ。

「安定」をとれば「自由」はなくなり、

「自由」をとれば「安定」はなくなる。


というお決まりの回答ではなく、

 

現実的に、振り子の振れ幅は常に等しいとは限らない。

「安定」と「自由」はトレードオフの関係だ。

「安定」をとれば「自由」はなくなり、

「自由」をとれば「安定」はなくなる。

そして、

「自由」を得るためには「自己責任」がともなう。
 


春秋のコラムは、一見すると失楽園のススメとも言えるモラルハザードではあるが、じっくり考えながら読むと、実はなかなか奥が深い。


行動リスクは自己責任で取るもの、マイナスリターンでも誰かに責任転嫁するなよ!


こういった裏の意味が隠れている気がする。


経済新聞社だけに「投資の自己責任原則」を伝えようとしているのかな?


それとも私が単に深読みしすぎているのだろうか?

編集者の意図は何なのだろうか? 


わずか十数行足らずのコラムの行間をじっくり考えながら読んでいたら、いつの間にかお正月が終わってしまったではないか
...


今年も残すところ、あと
362日!

皆さま、どうぞよい
1年を!


 

主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。

(「創世記」第
323節)

 

他人様の情事にとやかく言うつもりはないが...

今年はいったいどれだけの男女が蛇にそそのかされて、楽園を追放されるのだろうか
...

(¬_
...

実体空間と電子空間

  

去る1114日のこと。

民主党の野田政権が
衆議院を解散し、12月に総選挙を行うと発表があった。


遂に来たーーー!


自民党側は
ここぞとばかりにデフレ脱却を目指すと発言した。


解散総選挙では、自民党が圧勝し第
2次安部政権が誕生するだろう。

いわゆる「アベノミクス」というやつだ。


まぁ、ほぼ確実だろう。


私は今、シンガポールでこのニュースを聞いている。

私の財布の中には、シンガポールドルが入っている。

ふと脳裏に
98年のアジア通貨危機がよぎった。


ここ数日間、私の財布の中の通貨価値が突然暴騰している。


そう、私は今この瞬間、アジア通貨危機の真逆の現象の真っただ中にいる。

何とも不思議な感覚だ
...(笑)


普段モニター画面の前で取引していても、この感覚はなかなか理解できるものではない。

社会は決して
2次元の世界だけで成り立っているものではないことを身を以て実感している。


日本経済はとうとうデフレから脱却できるのか?


インフレが起こった場合、もっとも得をするのは通貨価値が下がるのを望んでいる人間だ。

つまり、大量の借金を抱えている人間=日本政府ということになる。

おそらく、これがラストチャンスだろう。


これから安部政権は、大きな勝負に出るはずだ。

今の日本政府の抱える莫大な借金を返すためには、

①インフレを起こし借金の返済負担を減らす
 

②増税して返済に充てる資金源を確保する

上記の
2点しかない(他にも方法あるのかな...)。



消費税は確実に
5%から8%に上げるだろう。

そしてゆくゆくは
10%へと。

(うまい棒が
11円になっちゃうよー



連続的に金融緩和を実行すれば、一方通行的に相場が上がって行くのだろうか?

一方通行的に相場が上がって行くのだろうか?

一方通行で?

ホントに? 


今の日本のマーケットはファンダメンタルによる期待感で株価がどんどん騰がっている。

こうなると、テクニカル分析が全く機能しない。

強烈な上げ相場到来、パラダイムシフトの予感だ。


金融緩和によって、


水(金)の量を増やす。



水面(株価)が上がる。



水(金)の量をさらに増やす。



水面(株価)がさらに上がる。



年末に書店を覗いてみてほしい、

日経平均
20,000円説、30,000円説の書籍が店頭に平積みになっているだろう。


ただ、忘れてはならないことが
1つだけある。

買いが買いを呼ぶ相場、
信用取引の期限は6か月だ。

まだ数日しか経っていないが、
今、市場参加者が増えて急激にマーケットに資金を投下するとどうなるか考えてみてほしい。



今日から
6か月後は2013年の519日だ。

20121114日 半年後→ 2013514

20121115日 半年後→ 2013515

20121116日 半年後→ 2013516


アベノミクスは、現段階で何も成果を上げていない(そもそもまだ誕生していないが)。

あくまでも期待感から買われているだけだ。

1か月後、2か月後は調整が入らずに上がって行くだろうけれども、3か月後くらいにいったん調整が入るのかな。

さてさて。

先週、今週、株式や外貨を買った人物は、
果たして2か月後3か月後に手仕舞うだろうか?

人間とは自分にとって都合のよい解釈をする生き物だ。

まだ上がる、まだ上がる。

信用期限を迎える
6か月後が怖いと思うのは私がチキンだからか。


データ分析が得意な方がいれば、
過去の強いトレンドが出た半年後に何が起きたかを検証してみてほしい。

また、「どこで出来高が
急激に増えたか」も併せてチェックするとよいだろう。

いずれ彼らは利益確定をする日が来るからね。 



ジャングルで二人の男が虎に遭遇した。

ひとりは一目散に駆け出した。
それを見たもうひとりは

「ムダな真似はするな。虎と駆けっこして、勝てるわけないだろう?」

もう一人の男は振り返りながら言った。

「そうじゃない、俺はお前より速く逃げようとしているだけだ。

なぜなら虎は一番弱い相手を餌食にするからさ」



せっかくなので、さらに付け加えておくと、


おそらく円安が進行する(と思う)



そうなると資源価格・燃料価格が高騰する。



製造物の原価が上がる。



商品価格に上乗せされる。



おまけに消費税が上がる。



増税分が商品価格に上乗せされる。



さてさて。

景気は本当に回復するのかな?


物の価格が上がってインフレになったとして、
企業は果たして人件費を上げてくれるだろうか?

インフレの正体が「円安による資源価格高騰分の上乗せ」と、
「消費増税分の上乗せ」というオチではないのか?

そうだとすると、アベノミクスの本質は「消費税を上げる」ための名目に過ぎなかったいう笑えない話になる。


物価が下落し、所得も下落する → デフレーション



物価が上昇し、所得も上昇する → インフレーション


ならいいけど、


物価が上昇し、所得は下落する
    → スタグフレーション


結果的に、スタグフレーションになりそうな気がするのは私だけだろうか?


企業側は、金融緩和はいつまでも続かない一時的な刺激策だと考えれば、
人件費を上げずに内部留保にまわすだけの結果になるのではないのか?


金融緩和をやめる



水面(株価)が下がる



人件費が横ばいまたは下がる



でも、消費税率は下げずにそのまま

(かつてデフレになっても消費税は下がらなかったことは承知のとおり)



増税を嫌がる富裕層は海外へ逃げ出す


納税者が減る



残った納税者で税金を負担する



残った納税者の負担が増える
 



これ、最後どうやって終わらせるつもりなんだろう?



※殴り書き失礼しました。

私はマクロ型のトレーダーではないから突っ込みは入れないように
...

モニター画面の外もきちんと見ないと感覚がおかしくなりますね。

なお、上昇方向に確信が持てず、両建てポジション
を組んだものの、12月限の85プットを大量ロスカットしたのはここだけの話...

常識の違い


日本の常識は世界の非常識。

村社会の常識は都会の非常識。

郷に入っては、郷に従え。

昔の人はよく言ったもんだ。


グローバル社会では、日本の常識は通用しない。

頭では「わかって」はいたが、とうとう実体験として「理解できる」貴重な機会に恵まれてしまった。

これから世界はどんどんグローバル化していくだろうし、そこでは突然のルール変更にも柔軟に対応できる
能力が求められるだろう。

あまりにも初歩的なミスを披露するのはお恥ずかしいかぎりだが、
次に必要としてくれる誰かの参考になればと思い、投稿することにした。


*****
 

【債務不履行】


まず、結論先行でいえば「約束を守っても、相手にとってメリットがない契約は絶対にしてはならない」ということだ。

簡単に説明すると、経緯は以下のとおり。
 

**************************************************

シンガポールで金融プログラムの開発をしていて、自分で仕様書を書いていたものの、自社のエンジニアが通常業務で手一杯のため、オフショア開発として、近隣諸国へアウトソーシング(外部委託)をかけることにした。私が多忙で頭が回らなかったせいもあるが、金額も小額だったため、一括で支払いを済ませた。



日本人エンジニアと仕事をすると、
ミーティング前に先回りして細かい行間まで読んでくれるため、多少曖昧な表現であっても問題点を把握し、軌道修正してくれる。また、アフターフォローもしっかりしているし、多少の修正があっても対応してもらえることが多い。



ところが、―私の語学力のなさもあるかもしれないが―、オフショア地域のエンジニアには仕様書の意図がうまく伝わらず、想定していたものとは違うソフトウェアが納品された(すなわち、わけの分からない計算結果が出力されてしまった
...)。



彼らに連絡をとったところ、「聞いてませーん」と返信があり、追加料金を支払ってでも修正してもらおうと再度連絡をとったところ、今度は音信不通になった。


結局、自分で作った。

うぇーん
 。・゚・(ノД`)・゚・。 
今ここらへん

**************************************************

契約には、おそらく
3種類あると思う。

1.
 お互いが同じタイミングでメリットを得る契約
2. 自分だけが先にメリットを得て、相手が後にメリットを得る契約
3. 相手だけが先にメリットを得て、自分が後にメリットを得る契約


1.2.はともかくとして、問題は3.の場合だ。

通常の契約では、前金
50%を支払い、納入後に残金50%を支払う「痛み分け」がビジネスの世界の常識だ。

ところが、今回は相手の属性をよく確認せずに、うっかり全額を振り込んでしまった。

完全に私の注意不足、軽率な行動だった。


なんというか、
恋人がかまってくれないのでナンパした女性とセックスをしたら、性病を移されて高くついてしまった感じだ...


はじめから自分の手でやっとけばよかったのかな...

*****


【常識の違い】


日本というのは、村社会であって、流動性の少ない安定した社会だ。同じ村の中で、同じ人たちと長い間付き合うのが習慣となっている。

この習慣は現代社会にも受け継がれており、ビジネスでもプライベートでも「村社会」が存在している。このような安定した社会では信用が何よりも大事にされる。

これは終身雇用制のように、定年まで同じ企業に勤める仕組みを考えればわかりやすいだろう。

また、視野を少し広げてマクロの視点から業界という村社会全体を眺めてみても、社外の人たちとの横のつながりを大事にする風習がある。一度でも信用に傷がつくと、その業界では村八分にされてしまい、生き残っていけないからだ。

経済的合理性、すなわち損得勘定で考えても、「目先の利益」にはこだわらず、約束を確実に守り、「信用を勝ち取る」ほうが長い目で見れば得をする。「損して得とれ」とはまさに村社会的な発想だ。

だから村社会の人たちは約束を守る。

これは、株式投資でいえば、ゆっくりと時間をかけてプレミアムを稼ぐ「長期投資」のイメージに近い。

また、男女関係でいえば、共通の知人・友人がいる同じコミュニティ内では、急いで性的関係を求めるよりも、長い時間をかけて信頼関係を築いていく「結婚」のようなイメージに近い。

さらに、日本人は世界的に見ても極めて特殊で、子どもの頃から性善説の道徳教育を受けるため、みんな基本的には親切だ。

財布を落としても拾った人が交番に届けてくれるし、お金も手つかずで戻ってくることが多い(らしい)。

田舎の道端には無人販売機があって―誰も見ていないにも関わらず―、箱の中に律儀にお金を入れて、好きな野菜を選んで持ち帰っていく。

日本人は宗教的な人は少ないけれども、信仰心のある人は多い。

お天道様が見てるからね、と多くの人たちは悪巧みをしない。

これは世界に誇れる素晴らしい民度だと思う。

こういった性善説の文化的背景を見ても、約束は律儀に守るように教育を受けている。



一方、


グローバル社会というのは、人間関係が次から次へと流動化する、不安定な社会だ。

明日のことなど誰にもわからないし、安定などどこにも存在しない。今がすべての社会だ。

ビジネスでもプライベートでも「村社会」などといった安定した場所は存在しない。

これは外資系の金融機関のように、転勤する感覚で違う会社に転職するような感覚に似ている(若干大げさな表現だが)。

明日の隣のデスクには今日とは違う人間が座っているかもしれないし、出社したら自分のデスクはないかもしれない。


このような不安定な社会では「信用を勝ち取る」よりも「目先の利益」が何よりも大事にされる。

長期安定志向で物事を進めていくと、回収不能リスクが高すぎるため、「自分にデメリットになるような約束は守らない」というのが、グローバル社会の常識なのだ。

株式投資でいえば、長い目でみても明日のことは誰にもわからないから、目先の取れる利益だけを奪い取ってさっさと手仕舞いする「短期投資」のイメージに近い。

また、男女関係でいえば、今がすべて、
共通の知人・友人もいないし、次は会える保証などないのだから、急いで性的関係に持ち込む「一夜限りの関係」のイメージに近い。

以前、アラブ系の女性が面白いことを言っていた。

灼熱の砂漠を横断するとき、彼女たちは金のアクセサリーを身にまとっているのだそうだ。

一見するとアバヤ(
真っ黒い民族衣装)で身を隠しているので地味に見える彼女たちではあるが、あの衣装の中はゴールドを潜ませているという。

その理由は、砂漠で水が必要になったとき、ラクダに乗ったキャラバン隊は紙幣を(アメリカドルでさえ)受け取ってくれず、多くの人が普遍の価値を認める「ゴールド」でなければ水と交換してくれないらしい。

仮に、キャラバン隊から水を受け取れたとしても、今度は彼らが水が必要になったとき、
紙幣と水を交換できないリスクがあるためだ。だからキャラバン隊が紙幣を受け取るメリットはない。せいぜいラクダのケツの穴をきれいに掃除して終わりだ。

日本人の感覚では、蛇口をひねれば当然のように水が出てくるので希少価値はあまり感じないが、砂漠の民にとっては、水は命と同じくらいの価値を持っているようだ。

上記は一例だが、単一民族国家に比べて価値観のバラツキが大きな多民族国家、厳しい環境のもとで生活する人たちにとっては、性悪説で物事を考えるのが常識となっている。

彼女は私に言った、「ゴールドと水を交換するタイミング?同時に決まってるじゃない、私は走ってもラクダに追いつけないわ!」。


もっとも、社会の常識に従うという意味では、村社会もグローバル社会も一緒だ。

唯一違うのは、「
常識の中身」が違うだけのこと。

こうして考えてみれば、私が「契約を反故にされた」と怒るのは、ある意味で筋違いだ。

私が単にゲームのルールを間違えただけの話なのだから。

すべては自己責任、実に厳しい世界だ。



*****


【信用創造】


大学受験の熟語集だったと思うのだが、"make believe"の日本語訳が「~と見せかける」「~の振りをする」と書かれていたように記憶している。

私は
英語の発想力に「あー、なるほどなー!」と納得したのを覚えている。

つまり、信用を創造するという行為は、
シェイクスピアが言う「この世は舞台、人はみな役者にすぎない」と同様の原理であって、われわれは仮面をかぶった役者にすぎず、「本来の自分」とは別に「演じる役割」を明確に区別せよということだ(参考:「本音と建前」)。

ゆえに、信頼を構築するためには、本心とは別の振る舞いを律儀に続けていくことによって、相手に心を開いてもらうよう努めなければならないのだ。

それにしても得るまでにはあまりにも時間がかかり、崩壊するのは本当に一瞬なんだよね、これが
...


信用創造――。

まだ銀行に勤めていた頃、何度となく聞かされた言葉だ。

金融機関のような仲介ビジネスは性善説で成り立っているから、絶対に顧客の信頼を裏切ることがあってはならないというもの。

考えてみれば、金融機関というのは不思議な存在だ。口座を開設して、多くの人たちが大事なお金を預けるにもかかわらず、誰ひとりとして組織的な持ち逃げを懸念している人を見かけたことがない。

銀行は、預金者から安い金利でお金を借りて、企業に
高い金利で貸し出し、その差額で儲ける巨大なサヤ取り業者だ。だから、右から左にお金を流して手数料で儲けているだけの楽な商売だと批判される風潮がある。

特に日本では、伝統的な価値観を持った人たちからすれば、モノづくりこそが実業であり、金融業は虚業であると信じている人たちは未だに多い。

これはある意味で否定できない事実ではあるが、銀行には別の信用創造の側面もある。

たとえば、貿易の決済を考えてみればわかりやすい。貿易の決済には通常、信用状(
L/C)が発行される。

輸出者と輸入者はお互い遠い国に存在することが多く、輸出者は初めての取引相手である輸入者に対して信用不安が生じる。

そりゃそうだ。荷物を送ったはいいが入金がされないリスクがあるのだから、解決策としてはどこかで待ち合わせをして、荷物と現金を同じタイミングで交換する必要がある。これでは、まるで映画に出てくるマフィアの麻薬取引と同じで経済効率が非常に悪い。

そこで、当事者間に輸入国の銀行と輸出国の銀行が入って、支払いを確約する制度をとっている。

そのため、 
輸入者が倒産などによって支払いが不能になった場合でも、信用状を発行した輸入国の銀行が為替手形の引受け/支払いを確約しているので、輸出代金の支払いは確実となり、輸出者は安心して荷物を出荷できる。

これが信用の創造を生み、効率的な経済効果を生み出す。めでたしめでたし、と。

ゆえに、銀行はモノづくり産業の縁の下の力持ちとして実体経済を担っているのだ。


*****


【失敗から学んだこと】


エラそうに信用創造について書いたが、私も何となく「わかった」つもりになっていたものの、自分が当事者になってみてやっと「理解」できた。

自己顕示欲旺盛な成功談はともかく、失敗談は恥ずかしがらずにどんどん晒したほうがいいと思う。

初めてフグを食べた人は毒によって死んでしまったが、多くの犠牲になった人たちがいたからこそ、毒のある部位を特定でき、それを取り除くことによって、私たちは安心してフグを食べられるようになった。

「わかる」ことと「理解する」ことは別ものだ。
書籍やマニュアルをたくさん読んだところで、結局は「わかった」つもりで終わってしまう。二次元(紙の上)と三次元(実体験)の決定的な違いだ。

エロビデオを見ながらオナニーばかりしていても、セックスが上手くならないのと一緒。

投資のマニュアル本見ながら理論ばかり勉強していても、実践で全く役立たないのと一緒。

自己啓発の書籍を片っ端から読んで満足しても、給料が上がらないのと一緒。

ぜ~~~んぶ本質は同じこと。

標本データが少ない状態、つまり何事も経験値が少ないといつまで経っても上達しない
誰もが傷つきながら大人になっていくように、経験を積んで交わし方を学びながら、みんな一人前になっていくのだろう。

私自身、実務に関してはだいぶ場数も踏んだし、それなりに上達したと思うけれど、グローバル社会のビジネスマンとしてはまだまだ初心者、極東の島国出身の田舎者だ(昨年から独立しました)。


約束を守っても、相手にとってメリットがない契約は絶対にしてはならない

1. お互いが同じタイミングでメリットを得る契約
2. 自分だけが先にメリットを得て、相手が後にメリットを得る契約
3. 相手だけが先にメリットを得て、自分が後にメリットを得る契約


最も理想的な1.実現させるためには、当事者間に信頼できる第三者を入れて、貿易決済と同様、信用状(L/C)発行のような仕組みを提供する仲介機関が必要だ。

これからの時代、クラウドソーシングといって世界中の事業者とエンジニアを金融機関のように
仲介するサービスが認知されてくるだろう。

ある人は言うかもしれない、「
仲介機関は、手数料稼ぎの虚業にすぎない」、と。

ただ、そこには性善説による「信用創造」があることを忘れるべきではないし、リスクヘッジの保険料と考えれば、
手数料を支払うだけの価値があると思う(もっとも仲介機関そのものと業務を委託する相手のリスクはあるが)。

知らない相手同士を、信用の創造によって結び、効率的な経済効果を生み出すサービスが盛んになってほしいものだ。

どんなビジネスであれ、業界やサービス内容は違っても、その基本は「人と人との信頼関係」によって成り立っている。

私はこんな基本中の基本をおろそかにしてしまい、結果として痛い目に遭ってしまった。

この記事を読んでくれたみなさん、私と同じ目に遭わないように!



グローバル社会は「やり逃げ社会」だぞ!


集中と分散

19987月、スイス・ジュネーブ。国境を超えた隣国のフランスではサッカーのワールドカップが開催され、大変な盛り上がりを見せていた。

時代背景を説明すると、翌99年の欧州統合通貨(ユーロ)の発足に向けてヨーロッパ諸国が足並みを揃えていた頃の話だ。

ジュネーブには、いわゆるプライベートバンクと呼ばれる富裕層専門の銀行が立ち並ぶ金融街がある。私は、銀行の扉の向こう側に1度だけ足を踏み入れる機会があった(友人の祖父に連れて行ってもらっただけだが)。

銀行の中はカウンターが完全個室になっていて、そこでバンカーとのやり取りが行われていた。

「キャッシュ比率はこのくらいで、クーポン債がこういう比率で5年後にこれとこれが償還になって、償還予定の金額がいくらくらいで、この償還予定金額を株式で運用して...

0のケタがあまりにも大きすぎて私には理解不能だったが、大人になってから、「仕組み債」の商品のようにポートフォリオを設計していたようだということがわかった。

私は非常に気になったので質問した、「何でわざわざこんな面倒くさいことしているんですか?」、と。

担当バンカーの方と友人の祖父から全く同じ答えが返ってきた、

「世界中、いつ、どこで戦争やテロ、災害などがあるかわからないから、いろいろな商品や地域に分散して資産を守っているんだよ。万が一、どれかの資産価値が0になっても、どれかが生き延びれば全部の資産は失われずに済むからね。これはリスクヘッジと言う考え方なんだ。株式と債券、それぞれの地域の通貨も違う値動きをするから、うまくブレンドして組み合わせるとプロテクトが効くんだよ」。

さらに...

「そうそう、スイスが永世中立国でいられるのも同じようにプロテクト機能を効かせているからこそなんだ。この国にはボーディングスクールがたくさんあって、世界中から政治家や実業家など有力者の子どもたちを集めて教育をしているんだ。だから子どもたちを担保(人質)にすることで、この国にはどこの国も攻撃できない仕組みになっているんだよ。なかなかのリスクヘッジだろ?」。

何とも!

政治的な話はここではしない。

とりあえず当時16歳の私にわかったのは、「お金持ちは世界中のいろいろな商品に分散して投資を行っている」ということ、もう1 つは「目の前の老人を誘拐したら身代金がたくさん取れる」ということだった(笑)
 

それから約5年後。

学生投資家になった私は、異なる2つの考え方に出会った。

1つは、20039月(当時21歳の時)に訪れたアメリカ・ラスベガスでの出来事。

ホテルLUXORのカジノで同席したユダヤ系の個人投資家の方が、ルーレットの赤と黒のボードの上にせっせとチップを乗せている光景を見て、あの日の記憶が甦った(いわゆるアウトサイドベット)。まさかと思って理由を尋ねてみることにした。

彼は私にこう言った、
 

「長くゲームを続けるコツは分散することだよ」


ユダヤ系の特徴は、一か所に資産を留めておくよりも、できるだけ多くの国や地域、株式や債券など複数の金融商品に分散して投資する傾向がある。これは彼らの思想の原点である「タルムード」にも書かれている(「卵は一つのカゴに盛るな」という有名な格言はここから来ている)。

ユダヤ人の悲しい歴史を考えれば、バビロン捕囚以来、祖国を追放された彼らには、しぶとく生き延びるためのDNA が深く刻み込まれているようだ。

彼らは、子弟教育に関しても、一人はアメリカへ、一人はヨーロッパへ、もう一人はアジアへと、分散して子どもたちを留学させる傾向がある。

 「誰かが死んでも誰かが生き延びれば次の世代へとDNAを継承することができる」、何とも合理的な考え方だ。 

『お金持ちには「子ども」はいない、「相続人」がいるだけ』

タルムードの言葉だ。


もう
1つは、20047月(当時22 歳の時)に訪れた香港での出来事。東シナ海上空で発生した台風の乱気流の中を、天空の城ラピュタのパズー少年のごとく飛行機が突入して行った記憶がある。本当に死ぬかと思った。

幸運にも、香港を代表する個人投資家の方の誕生日会に出席させていただける機会があり、数日後、彼のディーリングルームに招待していただいた時の事。

私はそこで信じられない衝撃的な光景を見た。

おそらく私の生涯で忘れることはないだろう。

その御仁は、証券会社のOBをアナリストとして雇用し、たしか4050銘柄くらいの銘柄を絞りに絞って、わずか2銘柄に莫大な資金を集中投資していたのだ。

私は恐る恐る質問した、「この投資方法は個別株に2つしか分散していませんよね?これって予測がはずれたら莫大な損失になりますよね?この投資方法はハイリスクハイリターンではないんですか?大変失礼ですがポートフォリオってご存知ですか?」

ただちに反論が返ってきた。

「バカ者!分散して投資するのは、自分の選択した銘柄に自信を持っていないからだろ?そんな中途半端な意思決定では投資は絶対にうまく行くわけがない。こっちは経営者の素性から企業の主力商品、業績、市場の占有シェアに至るまで、収集できる情報は全部集めさせて徹底的に分析しているんだ、わかるか?やると決めた以上は徹底的にやるんだ、投資は遊びじゃないんだよ!」。

私は疑問に思って質問しただけなのに、なぜか延々と説教を喰らってしまった...

華僑系の特徴は、戦争で言えば人的資源・物的資源を1 箇所に集中する「局地戦」のように、大金を1箇所に集中して投資する傾向が強いように思う(ルーレットで言えばストレートアップベット、1つの数字に賭ける行為)。

これは投資にかぎらず商売にもその傾向が強いように思う。

商売で稼いだ利益は株式や不動産などの不労所得で増やし、不労所得だけで生活できる水準に達した後でも、彼らは自分が選んだ商売そのものに一切手抜きをしない。

なお、子弟教育だけは分散させているようだ。


言葉足らずなので誤解のないように書くが、「○○系がこういう考え方である」というステレオタイプ的な見方や偏見ではなくて、あれから約
10年が経ち、その後、私が実際にお会いした方々は、思い出せるかぎり上記のような考え方をする傾向が強かったように思う。

あくまでも私の実体験での話だが...

 「ユダヤ系」と「華僑系」、どちらも祖国を離れて異国で暮らすディアスポラ(離散の民)だが、考え方が真逆だったことが、当時の私にとっては非常に新鮮だった。

この両者は、書籍等には商売上手のイメージで描かれているが、少なくとも私の経験上、考え方については真逆の傾向がある。

なお、イスラエル出身のユダヤ人はお世辞にも商売上手とは思えない(笑)


投資を始めた頃に出会った
2つの異なる考え方。

どちらも一理あって正しい考え方だと思う。

ただし教科書的に言えば、

ユダヤ系の個人投資家の方の考え方は、「期待収益率」の観点からすれば間違った考え方であり、

華僑系の個人投資家の方の考え方は、「リスク分散」の観点からすれば間違った考え方ということになる。

私は、

世の中には絶対の正解は存在しない

どんな考え方にも長所と短所が存在する

ということを、身を以て体験させていただいた。

さらには、十分に分散する資金があるお金持ちであっても、必ずしも全員が分散投資をしているわけではないという事実があることがわかった。

私は、ジュネーブでの経験から、「お金持ち=分散投資をしてリスクヘッジをする」ものだとばかり思っていたので、香港での出来事は衝撃的だった。

一方はギャンブル、もう一方は金融取引。

ラスベガスと香港の話は、同じ土俵で比べていないので相対比較ができるものではないのだが、投資を始めた頃、2つの場所で「全く異なる考え方」に出会った。


私はいろいろ考えた結果、「ゲームを長く続ける」というユダヤ系の個人投資家の方のベット(賭け)の仕方を参考にすることにした。

こちらの考え方を選んだ最大の理由は、単に私の価値観の問題だ。

おそらく私の価値観は16歳の時の経験が強烈に脳に刷り込まれてしまっていたのだと思う。

「増やす」よりも「減らさないように」投資するという考え方そのもの』が、結局のところ、ゲームを長く続けるコツだと思っている。

時々、ふとあの頃を思い出していろいろ考えるのだが、職業として金融取引をするようになった今でも、どちらに優位性があるのかは正直言って未だにわからない。

「集中」と「分散」、どちらも一理あると思う。
 

世の中には絶対の正解はない。

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