柱の裏の落書き

ひまつぶしにぶつぶつ書いてみる

ココログにフェイスブックの「いいね」機能を付ける方法


ニフティが提供しているブログサービス "ココログ"

個人的にこのブログは非常に使い勝手のよいサービスなのだが、フェイスブックの「いいね」機能が付いていないのが唯一の致命点だ。

ソーシャルネットワークの時代だというのにね
...

もっとも、これは月額300円くらい支払えば解決できてしまう問題なのだが、やはり少し手間がかかってでも固定費を節約したいという方が多いのではなかろうか?

そこでネットで調べてみたところ、どうやらできるみたいなことが書いてあったので試しにやってみた。
 

で、結論から言うと、


Like

できました



やってみたけどうまくできなかった方は参考にしてみてほしい。

この通りにやればできる、はず
...

頑張って


※これをやってもどうしてもできない方は一番最後にショートカットを載せたので、そちらも合わせて参考にしてみてほしい。

*****

【フェイスブックでの作業】

まず、フェイスブックにログインした状態で以下のサイトにアクセスする↓

https://developers.facebook.com/docs/plugins/like-button/

fb1

この中から
好きなレイアウトを選択し、左下の「Get Code」をクリックするとマジでわけのわからない暗号のような画面(ソースコード)が表示される。
 

fb2

ここで、ソースをメモ帳やワードなどにコピペする

------------ 

<div id="fb-root"></div>

<script>(function(d, s, id) {

  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];

  if (d.getElementById(id)) return;

  js = d.createElement(s); js.id = id;

js.src = "//connect.facebook.net/en_US/all.js#xfbml=1";

fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);

}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));</script>

------------
 

<div class="fb-like" data-href="●●●●●●" data-layout="standard" data-action="like" data-show-faces="true" data-share="true"></div>

------------

※上半分はこのまま使用可能。下半分は黒い●●●●●●の部分はあなたのURLをペーストしてほしい。間違えて私のURLを入れてしまうと、あなたのブログに反映されず、私のブログにいいねが付いてしまうので注意のこと!

※上記の例の場合、
http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blogの部分が●●●●●●に該当する。

*****

【ココログでの作業】

ココログにログイン → 管理タブをクリック → 記事の編集をクリック。

cocolog1
 

「いいね」ボタンを付けたい記事をクリックすると編集画面が出るので、記事右上の「HTMLの編集」をクリックする(これから書く記事はそのまま右上にボタンがある)。

cocolog2
 

すると再び、暗号のような...わけのわからない画面が表示される(HTMLの編集画面)。

この編集ページの1番下など適当な箇所に先ほどのソースをペーストする。
そして確認 → 保存をクリック。
 


はい、うまくいかない(笑)

 

私はここで完全にバンカーにハマってしまった


でも大丈夫、たぶんここはみんなハマるところなので
...

*****

【どうしたらうまくいくのか?】

...ここからが本題なのだが、ソースを良く眺めていただくと、すべての記事★(あなたが書いたブログ記事)は、


<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">
★★★★★★</span></p>


のように「
>」「<」に挟まれていることがおわかりいただけると思う。

この、「>」と「<」の間(★★★★★★の部分)に先ほどの上半分の


------------
<div id="fb-root"></div>

<script>(function(d, s, id) {

  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];

  if (d.getElementById(id)) return;

  js = d.createElement(s); js.id = id;

js.src = "//connect.facebook.net/en_US/all.js#xfbml=1";

fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);

}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));</script>
------------

ソースをそのままコピペする。

すると、以下のようになる。
 

------------
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">

<div id="fb-root"></div>

<script>(function(d, s, id) {

  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];

  if (d.getElementById(id)) return;

  js = d.createElement(s); js.id = id;

js.src = "//connect.facebook.net/en_US/all.js#xfbml=1";

fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);

}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));</script>

</span></p>
------------

あとは、その下に残り下半分のソースをコピペする。


------------
<div class="fb-like" data-href="
●●●●●●" data-layout="standard" data-action="like" data-show-faces="true" data-share="true"></div>

------------

すると、以下のようになる。
 

------------
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">

<div id="fb-root"></div>

<script>(function(d, s, id) {

  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];

  if (d.getElementById(id)) return;

  js = d.createElement(s); js.id = id;

js.src = "//connect.facebook.net/en_US/all.js#xfbml=1";

fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);

}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));</script>

</span></p>

<div class="fb-like" data-href="●●●●●●" data-layout="standard" data-action="like" data-show-faces="true" data-share="true"></div>
 
------------

これで「確認」→「保存」をクリックすると、うまくいく。

*****

【手動設定の問題点】

上記の方法で進めるとたしかにうまくいく。

めでたしめでたし。

が、しかし。実はまだ
1つだけ問題がある...


たとえば私のブログの
URLは、"http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/なのだが、これをコピペすると、1つの「いいね」ボタンをクリックすると、すべてのボタンに「いいね」が付いてしまうという問題が生じる。

理由は、ココログの構造が、
 

ブログトップページ/西暦//記事コード

ブログトップページ

        ∟西暦

          ∟

           ∟記事コードx

           ∟記事コードy

           ∟記事コードz


のようになっているためだ。


解決策は、非常に面倒くさいのだが、各ブログに対応する
URL1つずつコピペする必要がある。


たとえば、私が最初に書いた「数年ぶりに
...」というタイトルのブログを例にあげて説明すると...

このブログ記事のURLは、http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b4c1.htmlである。
 

ゆえに、「"」と「"」に挟まれた●●●●●●の部分には、

http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/ではなく、

http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b4c1.htmlに対応するものを入れてあげる必要がある。


URL
がわからなくなってしまったら、右側の機能の中にある「このブログを見る」をクリックし、対応するページのURLをコピペし、あとは「確認」→「保存」→「確認」→「保存」のひたすら繰り返しとなる。


*****

【完成イメージ】

完成イメージは以下のとおりとなる。

------------

<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">

<div id="fb-root"></div>

<script>(function(d, s, id) {

  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];

  if (d.getElementById(id)) return;

  js = d.createElement(s); js.id = id;

js.src = "//connect.facebook.net/en_US/all.js#xfbml=1";

fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);

}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));</script>

</span></p>

<div class="fb-like" data-href="http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b4c1.html" data-layout="standard" data-action="like" data-show-faces="true" data-share="true"></div>

------------

どうしてもやり方がわからない方は上記をコピペし、後で編集すればよい。

いきなりショートカットで完成イメージを書いてしまうと「なぜうまく行ったのか?」を理解できずに終わってしまうので、あえて最後に書くことにした。

*****

【超簡単に設定する方法】

ということでショートカットの方法。

ココログにログイン → 管理タブをクリック → 記事の編集をクリック。

cocolog1
 

「いいね」ボタンを付けたい記事をクリックすると編集画面が出るので、記事右上の「HTMLの編集」をクリックする(これから書く記事はそのまま右上にボタンがある)。

cocolog2
 

HTMLの編集画面が表示されるので、この編集ページの1番下など適当な箇所に以下のソースをペーストする。

------------

<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">

<div id="fb-root"></div>

<script>(function(d, s, id) {

  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];

  if (d.getElementById(id)) return;

  js = d.createElement(s); js.id = id;

js.src = "//connect.facebook.net/en_US/all.js#xfbml=1";

fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);

}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));</script>

</span></p>

<div class="fb-like" data-href="http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b4c1.html" data-layout="standard" data-action="like" data-show-faces="true" data-share="true"></div>

------------

 

そして確認 → 保存をクリック。

保存後に
編集画面に戻り、記事右上の「HTMLの編集」を表示させる。

"」と「"」に挟まれた●●●●●●(http://yudy-pon.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b4c1.htmlの部分にあなたが投稿した記事のURLをコピペして保存をクリック。


以上。

メチャメチャ面倒くさいけど、頑張って!

グローバル社会と日本経済の未来について思うこと

 

【世界規模の裁定取引】


グローバル化の本質を一言で説明すれば、「山を崩し、谷を埋め、世界が均衡化すること」だろう。


世界を大きく二分割すると「豊かで恵まれた
A国」と「貧しくて恵まれないB国」に分けられる。

「豊かで恵まれた
A国」の企業は、利潤を最大化するために、「貧しくて恵まれないB国」に工場を作り、労働者を雇用する。

「貧しくて恵まれない
B国」の企業は、自分たちの生活水準を上げるために、「豊かで恵まれたA国」から仕事をもらい、必死になって働く。

人件費が割高な「
A国」から、人件費が割安な「B国」に仕事が流れた結果、

A国の労働者の仕事はB国に奪われるため、仕事が減り、生活水準も下がる。

B国の労働者の仕事はA国から奪うため、仕事が増え、生活水準も上がる。


したがって、

(「豊かで恵まれた
A国」 + 「貧しくて恵まれないB国」) ÷ グローバル化

のように表現できるだろう。


グローバル化とは、割高な
A国と割安なB国が平均に向かって収斂していく、壮大な世界規模の裁定取引ということになるだろうか。




それは、国境・言語・文化の壁を越えて、すべての労働者の能力は、すべての国の、すべての地域で均一化することが要求され、
すべての人間は、同じ賃金で同じマニュアルを見ながら同じ結果を出すことが要求される。

また、年齢・性別・国籍・生い立ち・肌の色は違えども、個体間の誤差(個性)は是正され、強制的に均一化されていく。

これはまるで、巨大なコンビニやファーストフードのチェーン店のようではないか...
 

「自分の生産物の販路をたえず拡張していく必要性にうながされて、ブルジョアジーは全地球上を駆けまわる。彼らはどこにでも腰をおろし、どこにでも住みつき、どこにでも結びつきをつくらなければならない。 ―省略― 古来の民族的な産業は滅ぼされてしまい、なおも日々に滅ぼされていく。それらの民族的な産業は新しい産業によっておしのけられ、これらのあたらしい産業を導入することがあらゆる文明国にとって死活問題になる。それはもはや国内の原料ではなくて、はるか遠い地域で産出される原料を加工する産業であり、これら産業の製品は、自国内だけではなく、同時にあらゆる大陸で消費される。国産品で充足されていた昔の欲望に代わって、はるかに遠い国や地域の産物でなければ満たされない新しい欲望が現れてくる」

「共産党宣言『マルクス=エンゲルス全集』第
4巻」より


グローバル社会を冷静に眺めてみると、すでに多国籍企業や金融経済は世界地図から国境線を消しており、世界は均衡点に向かって収斂し始めている。

かつて、マルクスが予見した資本主義の未来は、グローバル社会そのものに見えるのは気のせいか――。 




【グローバル社会と日本経済の未来について思うこと】


21世紀はグローバル社会、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を越えて相互に行き来する時代。


たしか小学校
4年生くらいだったと思う(だから1992年くらいかな)、

社会科の授業で、「近い将来、中国が巨大経済大国になる」、「
NIESASEANと言った新興諸国(発展途上国)が経済発展を遂げて日本は追い越されてしまうかもしれない」みたいな事を先生が真顔で言っていたのを思い出す。

 

私は笑いながら言い返した。

 

「そんなバカな、中国ってチャリンコ乗ってる人しかいないじゃないですか。東南アジアってエビとかしか特産品がないじゃないか」、と。



あれから
20余年が経った。

あの頃とは、すっかり世界が変わってしまった
...



中国は
2010年にGDPで日本を追い越し、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国に発展を遂げた。


NIESは、韓国を例にとればSAMSUNGLG電子などの企業が輸出額を伸ばし、日本の家電メーカーに甚大なダメージを与えた(NECの株価が98円を付けたときは株価ボード眺めながらマジで泣きそうになった)。

かつて、「東を見よ、日本を見習え!」と当時のマハティール首相がルックイースト政策を掲げた
ASEANの一角であるインドネシアは、今やIT起業家たちにとって、オフショア開発の重要な拠点となりつつある。

そして、香港・シンガポール。

都市国家という属性を持つこれらの国家は、自国で輸出資源を持たないため、世界中から優秀な頭脳という人的資源を輸入、アジアの金融センターというサービス財を輸出し、外貨を獲得するというビジネスモデルを構築していった。

ビジネススクールの設立を積極的に誘致し、そこで
MBAを取得した学生に就労ビザを付与し、国内で引き続き働いてもらい、国家の発展に寄与してもらう。まさに都市国家ならではの国家戦略だなと驚くばかりだ。

今や、香港とシンガポールは多国籍企業にとって、アジアの最重要拠点となり、東京の地位は相対的に低下してしまった。

また、かつては、世界の
3大証券取引所といえば、東京(アジア)・ロンドン(ヨーロッパ)・ニューヨーク(アメリカ)であったが、今や香港・シンガポール(アジア)にその座を明け渡してしまったように思う。


一方、日本を見てみると、

出生率の低下と医療制度の発達による少子高齢化社会の到来、それによる労働人口の減少、さらに労働人口の減少と増加する高齢者のアンバランスな比率が引き起こす年金問題など、様々な課題に直面している(まぁどこの国でも厄介な問題はあるんだけど...)。

たしかに、
1980年代後半のようなバブルの時代は、株を買って長期保有しているだけで含み益が出た時代もあった。

どこまでも続く一方通行の上昇相場。

その波にうまく乗ることができれば、テクニカル分析の教科書どおり売買シグナルに従って売買をするだけで、極端な話、誰がやっても面白いくらいに利益を上げられる相場だ。まぁ数年ごとにこういう相場がある。

しかし、
2020年の東京オリンピックが終わった後の日本の成長戦略を考えると、私は個人的に日本の株式市場全体が緩やかに下降していくような気がしてならない。長期戦略が読み取れないのだ[1]。また、外国人投資家の日本株に対する興味も低下し、取引高が減少していくように思う[2]


日本という国は、そもそも発展途上国から資源を調達して、それらを加工して製品を作り、それに付加価値をつけて先進国に売る、すなわち「世界の工場」になることによって、サヤ取りを行い、外貨を獲得してきた国家だ。

いわゆる「加工貿易」というビジネスモデルによって、経済を発展させてきた経緯がある。

しかし、
1973年の変動相場制の導入以来ドル円のチャートを眺めると年々、少しずつ円高が進行していることがわかる(最近は円安になっているけど。どこまで持つのかな?[3])。[4]




円高になると何が起こるかというと、モノを海外に売る時に、粗利率が減ってしまうこと、そして相対的に通貨安の国家と勝負したときに、価格競争で負けてしまうことだ。

そこで経営者は次のように考える。

「安く人件費を調達するために、円と比較して相対的に通貨安の国に工場を作ってモノ作りをすれば、原価を抑えて粗利を増やすことができるようになる」、と。

すなわちそれは、日本国内の工場が閉鎖され、そこで働く労働者の人たちが就業機会を失うことを意味する。言い換えれば、「失業輸入国」・「雇用輸出国」になってしまうということだ。

今の日本人の平均所得が年々下がり続けているのは、グローバル化により、「失業輸入国」になってしまい、圧倒的多数の労働者の仕事が奪われたことで、労働力が割高になってしまったことが一因だろう。

また、その一方で、年々所得格差が広がっていくのは、グローバル化により、「雇用輸出国」になったことで割安な労働力を使って利潤を増やした資本家が増えたことが一因だろう。

東京の街を歩いていると、昔と比べて、いわゆる「中流」という人たちが減っているのを感じる。


世界規模で見ると、社会は均衡に向かって収斂していく。

国家規模で見ると、社会は平均から乖離し、二極化していく。

何とも不思議なねじれ現象。

富める者と貧しき者、もはやグローバル化は遠い世界の物語ではないのだ。


残念ながら将来、日本が「モノづくり国家」として再び世界の工場の地位を取り戻すことは難しいだろう。さらにこれから先、予想される人口減少は、国内のマーケットの縮小をもたらすことになるだろう。

日本の企業は(内需産業も含めて)、国境・言語・文化の壁を越えて世界を相手に販路を拡大し、商売をしていくということを、もっと当然のごとく考えていかなければならないと思うのだ。


アメリカはかつてモノ作り国家であったが、今はその国家戦略を知的財産輸出国家にシフトしている。

特許権や商標権、著作権などのライセンサーとなり、
OEM契約(委託生産)によってライセンシーであるNIESASEAN国家の工場でモノ作りを進めさせ、そのまま海外へ売ってライセンス料という名目で利益を得る。

そのようにして、アメリカという国家は、自国にヘッドオフィスを構えながら
[5]、遠隔操作によって遠く離れた諸外国からライセンス収益を得るビジネスモデルを構築させ、多くの多国籍企業を育んできた。


幸いにも、日本には多くの素晴らしい技術力を持った企業が数多くあり、そこで働く優秀な人材がたくさんいる。

そう、名前もあまり知られることなく、業務の成果が適正に評価されず、定年間際に子会社への片道切符を受け取ることになるであろう旧態依然の仕組みの中に埋もれてしまっている優秀な人材が。

そういった人たちを掘り起し、彼ら(彼女ら)を登用し、社内ベンチャーなどの仕組み作りをもっともっと活発に推進し、民間レベルでの構造改革を進めていかなければならないと思うのだ。

 

 

こんな言葉があったと思う。
 

「最も強いものや最も賢いものが生き残るのではない。

最も変化に敏感なものが生き残るのだ
[6]

 
生物の進化法則の中にも、企業存続の条件も見出せるのではないだろうか。


日本の政治家や企業幹部の方々が、柔軟な発想力を持ち、優秀な人材を活用して、時代の変化に取り組んでくださるよう心から願いつつ...



[1] 個人的に、メタンハイドレイトの採掘や再生可能エネルギーの活用には大いに期待している。

[2] 私は経済音痴の短期トレーダーなので、長期予想はあまり当てにしないでほしい...
[3] 現在の円安になっている原因が、①「原発停止→火力発電フル稼働→化石燃料の輸入量増大→貿易赤字の発生⇒円安」にあるとすれば、原発再稼働を転換点として、「化石燃料の輸入量減少⇒円高」となるだろうか。また、②「日銀による金融緩和→インフレ率2%上昇目標→2年後の達成⇒円安」にあるとすれば、2年後(つまり来年2014年の1112月頃)の金融緩和政策(継続⇒円安、中止⇒円高)が転換点になると考えられるだろうか。
[4] 赤:1973年の変動相場制導入後のドル円チャート、アメリカがいかにドルの通貨発行量増やしまくっているかがわかるだろうか...
[5] 実際には、本社所在地をタックスヘイブン(租税回避地)に登記して、税率をコントロールしている企業が多い。
[6] 出典は「ダーウィンの進化論」ではないようだ。

過剰最適化とストレス最大化

 

危ない危ない。

ここ最近、私の頭がすっかりコンピュータのようになってしまったので戒めとして書いておこうと思う。

ミイラ取りがミイラになってしまったという何とも笑えない話だ
...


人間には感情がある。

機械には感情がない。


人間は数値化できない部分を感情によって補うことができる。

ゆえに数値化できない財産の価値評価ができる。

機械は数値化できない部分は動作させることができない。

ゆえに数値化できない財産の価値評価ができない。



年初からフェイスブックとツイッターを始めてみた。

これは大変なものに手をつけてしまった



自意識をこじらせた人々による壮大なる中二病の世界、

それがソーシャルネットワークサービスである
... 

 




【フェイスブック】


以前、ミクシーをやっていたので、仕組みはなんとなくわかる。

何だかんだ言っても人間は社会的な生き物であり、その本質は淋しがり屋だ。

Facebookは一言で言うと、「自慰行為を相互観賞し合う極めて高尚なツール」である。

どこぞの会社の立派な肩書きを持ったおじさんであれ、パン屋さんで耳をもらって来て主食にしている金欠のバンドマンであれ、
180×180ピクセルの小さな枠の内に平等に均一化されるという何とも不思議な空間だ。

フェイスブックには「親しい友人」・「友人」・「知り合い」のように、自分からの距離に応じた人間関係の設定ができるようになっている。

友だち、か
...


私の親しい友人は私を含め、コミュニケーションに問題がある人物ばかりなので、
SNSをやるような人間は少ない。

うーん
...

これを厳密にスクリーニングすると、
この中から友人がいなくなってしまう...

SNSの友人はリアル社会の友人とはどうも意味合いが違うらしい。

とはいえ、私は人見知りなので実名登録を前提とした
Facebookはリアル社会で知っていて信用できそうな人としかつながりたくないという保守的な考え方だ(これは人によって承認する基準が違うと思うが...)。

何かのオンライン辞書で読んだのだが、最近の友だちとは
 


「申請して承認されなければなれない関係」

 
という意味だそうだ(笑)

そういえばミクシーの時も同じことを言われた気がする。

全部知り合い、か
...


試しに投稿してみる。

あんまりいいねが付かない。

あらら?投稿内容があまり良くなかったのかな
...


そこで、新たにルールを作った。


いいね ならば いいね返し


※なお、過去
T期におけるA(私)の投稿頻度が1に対して、B(友人)の投稿頻度が平均5の場合、サンプル数が15になる。つまり、Aの1回の投稿に対してBに5回いいねをつけてしまうと「いいね」比率が15になってしまうという不均衡問題が生じる(ポジションサイズがニュートラル化できないという意味)。一方で、Aの投稿1回に対してBにいいね返しをすると、やはり「いいね」比率が51になってしまうという不均衡問題が生じる。どちらも相関係数は1.0になるが、結局、15の投稿頻度を合わせることはできないので、B4回は無視して後者を採用した。


※どうやら、「いいね」は必ずしもいいと感じたものに付けるというわけではなく、どうでもいいものに付ける「どうでもいいね」という裏の意味もあるらしい。


※例外規定として、「いいね」を付ける公開範囲は「友だちのみ」とした。


Aの投稿に対するBCD...の相関係数が0.8以上ならば「親しい友だち」、0.5以上ならば「友だち」、0.1でもあれば「知人」、それ以外はポートフォリオ不適格銘柄のため「ロスカット」


※これは株式投資の銘柄選定と同じ要領ですべてのつながりを数値化して相対価値評価をしていく仕組みだ。「重要∧高い相関」「まぁまぁ重要∧高い相関」「まぁまぁ重要∧低い相関」「¬重要¬低い相関」。


※例外規定として「まぁまぁ重要かつ低い相関」は残した。


※タイムラインを解析してみたところ、「友人」の投稿は表示順位が自然と上位に上がってくるようだ。ときどき、知り合いのタイムラインが表示されるが、おそらく知り合いのタイムラインは「いいね」の数に応じて、過去の投稿の
+x%以上の「いいね」が付いた場合に限り、「知り合い」まで表示されるようなアルゴリズムになっていると思われる。 



【ツイッター】


先に述べた
Facebookとは違い、Twitterとは基本的に「手軽に気兼ねなく自慰行為を全世界に発信し続ける極めて高尚なツール」だ。

先述した
FacebookのようなSNSとは異なり、140文字以下のマイクロブログとしてライトな独り言を好き勝手につぶやく時に使い分けるようだ。

私は、日本を代表するヒマ人だと自負していたが、このツールに登録してからというもの、世の中には「上には上がいる」ことを改めて実感させられた。

しかし、
1日中ブツブツつぶやいている人はいったい何の仕事をしているのだろうか?


謎だ
............


 



早速、気が合いそうな人をフォローする。

フォローバックが付かない。

お!フォローが来た!

フォロー返す。

あれ?いつの間にかいなくなってるぞ!


職業病なのかもしれないが、
私は金融取引をする際、基本的に買いと売りのバランスを極力ニュートラル化(中立化)させながらポジションを組んでいる。

私にとって、一方向に偏ったバイアスは精神衛生上良くないのだ。

階段は偶数でなければ気持ち悪く感じるし、中学生の頃だったと思うが、美術の授業で、定規と分度器を使って人間を描いて「自然界に直線の物体は存在しない、書き直せ!」と先生に怒られた人間だ(笑)

昔から美術の成績だけは良くなかった。

美意識がズレているのか?

天と地、光と影、太陽と月、男と女、善と悪、本音と建て前、買いポジションと売りポジション
...

この世界をすべて二項対立によってニュートラル化しようとする価値観を持った人間には大きなストレスだ!


これは大変なものに手を出したものだ
(笑)

困った困った
...


そこで、
すべてのユーザーを株式の銘柄と考えた場合、これをニュートラル化する作業が必要になる。


フォロー ならば フォロー返し

フォロー解除 ならば フォロー解除

 
※これは簡単、フォロー:フォロワー比率を自動調整するだけ




【結論】


まず、一言で結論を出すと、

私はどうやら根本的にこの手のサービスには向いていないようだ(笑)

いや、むしろ社会性そのものが不適格なのか、あるいは心に何か病があるのかもしれない。

ちなみに、知人のお医者さんに話したところ、診療内科の受診を強く勧められた
...

普段はいい加減な性格なのに、変なところに異常なまでにこだわりすぎて逆に効率が悪くなるのは昔からの悪い癖だ。


さて、上記の自動プログラムを実行した結果何が起こったか?



私のタイムラインは完全に無機質なものになってしまった
...



フェイスブックに関しては、大量ロスカットの実行とアルゴリズムが最適化したであろうミスマッチな投稿や広告が表示されるようになった
...

なるほど、機械のアルゴリズムによって反復・継続的に学習させると、自分の本来の趣味嗜好とは違った価値観のタイムラインが形成されてしまうようだ。

参加人口が
9億人を越えるとも言われるフェイスブック-世界最大級の広告代理店-も、現時点では私の趣味嗜好を最適化した広告を表示させられるレベルまでには至っていないようだ。

また、ロスカットした方々からは「あれ、友だちからいなくなってたよ?」と何件かメッセージが入っていて非常に気まずかった。これはたぶんスマホの電話帳のような感覚で残しておいたほうがよかったのかもしれない。私はポートフォリオは小さいほうが好みなのだが
...

結局、「きみは人間と銘柄を同列に扱うのか?」とお叱りを受けたので、この機能は手動で続けることにした。

手動で、続けます
...(笑)

手動で、続けます
...
(笑)


価値観や美意識の共有は本当に難しい、

私の「ニュートラル化された美」を共感してくださる方は果たしているのだろうか?

なお、ツイッターに関しては、相互フォローアカウントとアフィリエイターだらけの意味不明なつながりになった
...

もはや、タイムラインがわけのわからない広告だらけでうんざりだ
...

上記はかなりバカバカしい話ではあるが、機械に頼りすぎてしまうと人間の持つ有機質な感情が完全に失われたシステムトレードのようになってしまうということが実験の結果わかった。


なお、ここには書かなかったが
LINEというメッセージサービスがある。

こちらは上記
2つに比べて人間関係がもっと親密なメッセージ送信ツールだ。

3つを比べてわかったのは、エドワード・ホール氏の提唱した、「パーソナルスペース(対人距離)」の概念を用いて明快に説明することができる。

いや、

私がこの概念を使って説明するというよりも、上記
3つのサービス、特にFacebookはこの概念を意識してサービスのフレームが考えられていると思われる。

つまり、

 

1.密接距離...ごく親しい人に許される空間

LINE

2.個体距離...相手の表情が読み取れる空間

Facebook

3.社会距離...相手に手は届きづらいが、容易に会話ができる空間

Twitter

4.公共距離... 複数の相手が見渡せる空間

④ブログ

 

①②③の各サービスは、上記のパーソナルスペースを意識してアプローチ対象が異なり、

さらに②
Facebookについては、

-①親しい友だち

    -②友だち

   -③知り合い

ということになるのだろうか。


機械化任せの作業は非常に楽だ。

人間がこれまで苦手としてきた継続・反復といった事務作業をすべて自動化すれば仕事の業務効率は飛躍的に向上する。

人間が行うとついついミスしてしまうような単純作業も機械であれば淡々と正確にこなしてくれる。

今まで
8時間かかっていた作業を1時間でできれば、8時間労働であれば8倍の仕事をこなせるようになるわけだ。

しかし、プログラムの「
if else ~」 のような関数に頼りすぎてしまうと、人間でしか評価できない01の間にある微妙な距離感を見落としてしまう。



私は昔から思っていた。



世界中のありとあらゆる不均衡を是正し、調和の取れた世界を創造する

これこそが人類にとって最も理想的な世界ではないのか、と
...


ただ、機械は私たちが思っている以上に事務的であり、
私たちが思っている以上に空気が読めるほど知性が高くはないということだ。

過剰最適化された仕組みは、実のところ、ストレスを最大化させてしまうという笑えない結果となった。


というお話
...

成熟した国家


過去の栄光にしがみつく。

プライドが高い人間に多い気がする。


言うなれば、

人生の最盛期を過ぎたことは自分では薄々感づいているものの、その事実を受け入れられずに、「どうやって心理的不満を解消してよいかわからない」というジレンマを持っている人間は、過ぎ去った日々を回想し、現在の自分の立ち位置を確保しようと必死になり、過去の自らの姿に、現在の自分を投影しようと試みる。


自尊心を満たすために...


祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。

娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。

おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。

猛き者も遂には滅びぬ、
偏に風の前の塵に同じ。


『平家物語』冒頭より



先に述べた人間とは、実は日本人のことを指している。


かつて、


" JAPAN as No. 1 "


と称賛され、
世界経済を牽引してきた日本経済も、かつての勢いは衰え、成熟したお年寄り国家になってしまった。


それにもかかわらず、
アジア諸国を歩いていると、虚栄心を捨てきれず、偉そうに立ち振る舞う自称グローバリストの日本人をよく目にする。


私は、そんな光景を見るたびに、
1人の日本人として本当に情けない気持ちになる。

残念ながら、今の日本はアジア全体から見れば、
最東端に位置するひとつの国家に過ぎない存在になってしまった。

多くの外資系企業は、
香港・シンガポールにアジアの重要拠点を移し、日本は営業部だけを残して撤退していく企業が増えたように思う。


日本人は「プライドが高い」と言われる。

だが、ここで言う「プライド」はたぶん本来の意味を履き違えている。

プライドとは「誇り」という意味だ。


多くの人間が定義するプライドは「誇り」などではなく、

自らの心の脆さを映し出した「虚栄心」ではないだろうか?


自称グローバリストたちよ!

日本人は、日本人というだけで、そんなに偉いのだろうか? 



小学校
3年生のとき、はじめて東京タワーに登った。

1991年のことだ。

360°見渡した大都会・東京の街並みは、建設中の建物ばかりで、赤いクレーンがたくさん見えたように記憶している。


先日、あの頃を思い出しながら、クレーンを探してみた。

近くに見えたのは、
建設中の虎の門ヒルズくらいだったように思う。

057


今は、東京タワーよりも高いビルが立ち並び、
すっかり景色が変わってしまっていた。

あれから
22年。

この街も成熟してしまったのだなぁと、感慨深い。


当時
9歳だった私も、31歳になった。

あれから22年か...


時間は確実に流れている。

時代は少しずつ変わって行く。 


唯一変わっていなかったのは、
私の精神年齢くらいだろうか(笑)



これから、この国はどう変わって行くのかな。

この国のために私たちができることは何だろうか?


※追記

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東京タワーを

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撮ってる人を撮ってみた


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ラッフルズプレイスから見たマリーナベイサンズ

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横から見ると、また違って見える


物事は違う角度から見るとおもしろい。

無形の財産

 

今年は、ワグナーの生誕200周年に当たるのだそうだ。

恋愛歌人と領主の姪との壮絶な愛を描いた「タンホイザー」、婚礼の合唱であまりにも有名な「ローエングリン」など、「楽劇王」と呼ばれたワグナーは、若き日のルートヴィヒ
2世にも多大な影響を与えたといわれる。

2010年がショパンやシューマンの生誕200周年だったから、彼らは同じ時代に生きた音楽家ということになる。


楽器屋に入れば、彼らが書き残した楽譜が所狭しと並んでいて、私たちは気軽に手にとって、
譜面に残したメッセージに思いを馳せることができる。

彼らが残した音楽は決して過去の産物などではなく、テレビ番組の
BGMや結婚式など、現代社会にもごく自然に溶け込んでいる。

それは、古新聞のように一晩過ぎればゴミ箱に入れられることもなく、
音楽ひいては芸術というものが決して「消耗品」でないことに気付くだろう。

何年経っても色褪せないもの
...


芸術とは何と素晴らしいのだろうか
...



*****


19世紀初頭、ドイツでは中世への憧れを一つの特色としたロマン主義がもてはやされており、文学・音楽・美術などあらゆる芸術分野にわたって人々に大きな影響を及ぼしていた[1]。

ロマン主義
は、それまで理性偏重や合理主義などに対し、感受性や主観を重視した思想としてヨーロッパに広く浸透していった。

そうした当時の
風潮もあり、青年ルートヴィヒ2世ロマン主義の世界にのめりこんでいったのも、ある意味では自然な成り行きだったのだろう。


争いが続く時代に、芸術こそが平和をもたらすと信じた
ルートヴィッヒ2...


高い美意識と強烈な個性を兼ね備えた彼
は「狂王」と呼ばれ、莫大な債務を背負い、民衆の反感を買いながらも、ワグナーのパトロンとして芸術振興を支え、オペラハウスやお城の建築に情熱を傾けた。

結局、これが一因
となってハプスブルグ帝国は滅んでしまったが[2]、


それから
200年後の現在......



彼が残した多くの文化財は、
ドイツにとって重要な観光資源となっている 

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出典:「夕日に照らされるノイシュバンシュタイン城
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出典:「
Bayreuther Festspielhaus aus der Luft

文化や芸術といった分野は投資家の視点から見ればマネタイズ(収益化)が非常に難しく、すぐにお金につながるものではない。


ワグナーとルートヴィッヒ
2世の例からもわかるように、「文化にお金を投じる」という行為は、100年、200年といった非常に長いスパンで見て行かなければならないのだ。

それは、投資ファンドの目論見書のように、「利回りが何
%で、何年で元金を回収できるのか?」とせわしなく電卓を叩いているようなレベルとは遥かにスケールが違う。

もっとも、投資家もボランティアでお金を出すわけではないので、数値化でき、数値そのものに客観的な根拠がないものにはなかなか投資しづらく、芸術家は
資金を集めにくいという現実的な問題がある。

数値化できない「無形の財産」は、そもそも経済的合理性だけで判断できるものではないからだ。


しかしながら、
文化や芸術は私たちが人間らしく生きて行く上で絶対に欠かせないものでもある。

河川敷でサックスを吹いている人や、芝生で寝転がって本を読んでいる人を見ると、何とも文化的で優雅なライフスタイルなのだろうかと羨ましくなる。

きっと彼らにとって、この世界は少しばかり狭すぎるのだろう。

そんな時、自分を顧みると、朝早くから仕事に追われ、夜の街で俗にまみれて楽しんでいる滑稽さに気付かされる。

かつて、生命が生きて行くために必要なものは「水・食べ物・日光」と教わったが、人間らしく生きるためには、それだけでは不十分だ。

人間が人間らしく生きるためには、「お金」ももちろん必要ではあるけれども、「文化や芸術に触れる時間」も同じくらいに必要なのだと思う。



「無形の財産」は単純に数値化できないだけに、評価基準が明確にできないところが難しい。

経済的合理性だけで物事の価値を判断しようとすると、「本当に大切なもの」をうっかり見落としてしまいがちだ。


かつて、芸術家を支援したパトロンたちはこの事に気づいていたのだろう。

お金だけでは決して心が豊かになれないことを
...


[1]ホーエンシュヴァンガウ城のように、荒廃していた中世の城がドイツの各地で修復されたのも、ロマン主義の一つの表われである。

[2] 時代背景を考えると、相次ぐ城の建設以外にも、1866の普墺戦争の敗戦によるプロイセンへの多額の賠償金の支払義務、、政情不安などの恐慌があったとされる。 

(参考: 「R.ミュンスター『ルードヴィヒ二世と音楽』音楽之友社,1984」)
(参考: 「 吉田真『作曲家 人と作品 ワーグナー』音楽之友社,2005」) 
(参考: 「
ルートヴィヒ2 ~夢を追い続けた孤高のメルヘン王」)
(参考: 「Globis.TVG1新世代リーダー・アワードYouTube動画より」)
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