柱の裏の落書き

ひまつぶしにぶつぶつ書いてみる

アフターコロナの世界を考える②~民主主義のコストと自由をめぐる争い~


日本人は同調圧力に弱く、他人と同じ行動を取りたがると言われる。このように多数派にまわり、少数派を集中攻撃するという集団心理は、多くの強迫性障害者を生み出し、やがて全体主義の土壌を育んだ。

私はこうした文化的背景には、小学生時代の体育の授業でやった長縄跳びに原因があるのではないかと思っている。はっきり言おう、あれは文部科学省から派遣された体育教師によるファシズムだ。今すぐやめたほうがいい笑

長縄跳びの終わりは実に切ないものだ。必ずクラスメイトの誰かが足を引っかけてゲームが終わる。子どもたち全員がうまく跳べないと先生は気が済まないので、失敗したら初めからやり直しをさせられる。長縄をまわす2人のクラスメイトは段々イライラしてきて、その空気はクラス全体に波及する。私たちは連帯責任のもとに、周囲を暴れまわる恐怖の縄から抜け出すことは許されないのだ。

(アレアレアレ、イマナワニヒッカカッタヤツハダレダ?)

やがて子どもたちの精神は殺伐としていき、縄を踏んでしまったクラスメイトは誰なのか犯人捜しが始まる。失敗してしまったクラスメイトには「ドンマイ、もう1回だ。次はがんばろうぜ」と言いながら、心の中では無言の集団ヒステリーが増幅し、うまく跳べなかった子は無言のプレッシャーにさらされ、精神的に追い詰められていく。

(オイ、ワカッテルヨナ、ツギハミンナニメイワクカケルナヨ)

長縄跳びの本質は誰かが犠牲にならないと終わらない残酷なゲームだ。私たちの誰もが縄に引っかからないように細心の注意を払い、自分以外の誰かが引っかかると、心のどこかで安心感を覚える。自分が犯人にならずに済んだからだ。私たちは長縄跳びの授業を通して人間の心に内在する二面性を学ぶことになる。

こうして日本人は子どもの頃から全体主義の精神を無意識に刷り込まれ、失敗した人間に怒りの矛先を集中的に向けさせる攻撃技術の英才教育を受ける。そして子どもたちは精神障害を抱えたまま、やがて大人になり、社会に放り出されていくのだ。

(シッパイスルトミットモナイカラリスクヲトルノハヤメトコウ)

長縄跳びはまさに日本社会の縮図そのものだ、不届き者は制裁される運命にある。

***

・人生初のロックダウン(国境封鎖)を経験、移動制限令により強制自宅待機

3月16日の夕方、秘書からグループチャットにメッセージが飛んできた。

「先ほどマレーシアではロックダウン(国境封鎖)が決定しました、明後日18日から国境が封鎖され、同時に国内でもMCO(Movement Control Order=移動制限令)が発動されます。期限は月末までの2週間、食べ物と飲み物を今から十分に買って、しばらく家から出ないでください。不要不急の外出により移動制限命令に従わないことが判明した場合、「最大6ヶ月の禁固刑」、「1,000リンギット(≒226米ドル)の罰金、またはその両方のペナルティが課されます、わかった?そんじゃ、がんばってね!」

おいおい、ちょっと待て。あと1日と数時間しかないぞ 

マレーシアという国はとりあえず何事もやってみて、全体のバランスを見ながら軌道修正とリバランス(バランス調整)をしていく国なので、マレーシア国民、この国に滞在する外国人はいつも政府に振り回されながら強い心を育んでいく。慣れとは怖いもので、私もすっかりこの国の文化に対する免疫ができてしまったようだ。私は急いでコンドミニアムを出てカップラーメンとスナック菓子を大量に買い込んで自宅待機に備えた。

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3月17日、ロックダウンが数時間後に迫るクアラルンプール。ほとんど食糧がない棚の様子。

当初、3月18日から3月31日までと言われた移動制限命令はその後2週間の延長が決まり、4月14日まで延長された。マレーシア政府はそこから2週間の延長を決定し、4月28日で終了予定となった。その後、さらに2週間の期限延長がなされ、5月9日まで当該規制が適用されることが決まり、さらには5月10日から6月9日まで1か月の期限延長が決まった。

一体いつになったら終わるんだよ  

当初MCO期間: 3月18日から3月31日まで
MCO延長期間: 4月1日から4月14日まで(※3月25日政府発表)
MCO再延長期間:4月15日から4月28日まで(※4月10日政府発表、市街地にマレーシア軍投入)
MCO再々延長期間:4月29日から5月10日まで(※4月25日政府発表)
MCO再々々延長期間:5月11日から6月9日まで(※5月9日政府発表、一部業種の営業再開へ緩和措置)

なお、最初の2週間で命令に従わない「不届き者」のマレーシア人があまりにも多かったため、2回目の延長期間中からマレーシア軍が街中にバリケードを設置し、物理的な強硬手段に出た。余談だが、この命令を無視して逮捕された人数は4月末までに18,000人に上るという。おいおい笑

本来、経済が瀕死状態のマレーシアでは、MCOの解除は5月10日を以て終了するはずだった。しかし、MCOの延長を望んだのは政府ではなく、今度はマレーシア国民のほうだった。

5月に入り、SNS上では「なぜ今このタイミングで緩和をするのか?」「経済活動を再開させたら、あっという間に第二波が来るのではないか?」と言った非難の声が殺到し、市民の声は政府が想定していた以上に強く、期限延長を強く望むオンライン署名はわずか数日で45万人以上に達したという。

これを受けてムヒディン首相は5月10日、「マレーシア連邦はこのままでは建国以来、最大の経済危機を迎える。ただちに経済活動を再開させないと国家そのものが死んでしまう。しかし、国民の皆さんが政府に合理的な措置を執り続けることを望んでいることもよくわかった」と述べ、MCOを大幅に緩和し1カ月の延長を決定、6月9日までMCOを延長することを正式に発表した(※現在は条件付移動制限令であるCMCO=Conditional Movement Control Orderを実施している)。



マレーシアの首都クアラルンプールでは現在、明らかに実体経済が疲弊していて、瀕死の状態だ。決して裕福とは言えない小さな商店を営む自営業者たちは、必死で生き延びているだろうことが想像できる。渋滞が風物詩と自虐ネタにされているクアラルンプールの幹線道路は、現在ほとんど車が走っていない状況だ、いかにヒトの移動が減っているかがよくわかる。

なお、この状況下でも、テーブルを並べて営業する店はむしろ少数派で、ほとんどの店は持ち帰りか配達サービス(東南アジアではGrab Food、Food Pandaというサービスが普及している)の対応に留め、自粛を継続している飲食店が圧倒的に多い印象だ。私も少しでも店が潰れないように万遍なく配達注文をし、僅かながら経済に貢献している(つもりだ)。



このように、マレーシアでは政府が国家権力を発動し、領土内に生活する私たちは問答無用で移動制限を受け、自宅待機を強制されることになった。そして、政府は経済状況が悪くなると経済活動の再開を打診したが、今度は国民が反対して政府は半自粛を提案、自粛派と緩和派の折衷案を採用していったん落ち着きを見せた。

人間の行動心理というのは、どうやら身の危険を感じると、お金よりも安全を最優先する生き物らしい。

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・民主主義のコストとは?

ヒトが動けば感染者が増える、ヒトが動かなければ経済が死ぬ。このトレードオフ(利益相反)の均衡点を模索しながら、どこの国の政府もコロナウィルスの対応策に手を焼いているようだ。

3月中旬あたりからアメリカやヨーロッパ諸国では軒並みロックダウンを開始、国境を封鎖し外国人の入国を禁止、領土内にいる国民には自宅待機を強制し、集団感染の封じ込めを行った。

3月24日の夜、日本政府は7月24日から開催予定だった東京オリンピックの1年延期を正式決定した。なるほど、この最終決定を待っていたために日本の対策が後手後手に回ってしまったのか。

しかし、この時点で日本政府は何も動かず。

そうなると、次に考えられる理由は経団連からの強い圧力だったのだろうか。日本の企業は3月31日が期末の会社が大半となっているため、期末決算が大幅にマイナス方向に下振れすることを懸念、4月以降にズレこむのだろうと思っていた。

しかし、、、。

日本政府が外出自粛要請を出したのは、それから1週間が経過した4月7日だった。日本は法制度で私権の制限を認めていないため、ロックダウン(国土封鎖)や国民の移動制限を実施できず、法的拘束力を持たない「外出自粛要請」というよくわからない形で実施された。決定の理由は「国民の皆様からの強い要望があり、政府としても感染拡大を防ぐ必要があると判断したため」だという。

もっとも、国民の要望で自粛したとなると、後から日本国民が高い道徳性のもとに勝手にやったことにされてしまいそうだが...。

物事を善悪や白黒で判断する二元論は、時として悲劇的な集団ヒステリーのトリガーを引いてしまう。

この外出自粛要請はコロナウイルス感染拡大防止のために、外出や営業の「自粛」が広く要請されるようになり、感染者や医療従事者への嫌がらせや、営業を続けるライブハウスや飲食店に苦情の電話を入れたり張り紙を貼るなど、いわゆる「自粛警察」といわれる歪んだ正義のもとに同調圧力を求める自警団を誕生させた。

自粛警察を生み出した原因は、日本人の潜在意識に備わったゼロリスク症候群だろう、長縄跳びのように縄の中の掟から逸脱した「身勝手な」振る舞いは問答無用で集団的制裁のターゲットにされてしまうのだ。これは決して偶発的な現象ではない、本来私たちのDNAに備わっていた歪んだ正義感が一気に表面化してしまっただけのことだ。

ここからわかる客観的事実は、-日本人はあまりにも極端な例だが-、人間の行動心理というのは、どうやら身の危険を感じると、お金よりも安全を最優先する生き物らしい。多くの人が経済活動を止めてでも自粛をするように政府に強権の発動を求めた。しかし、これはよくよく考えてみればおかしな話だ。だってこれは本来独裁主義の考え方なのだから。

2010年から2012年にかけて中東でアラブの春(独裁主義体制への反政府デモを起こし、民主化を求める機運が高まった運動)が起こった時に、私たちの多くはニュース報道を見ながら歓喜したはずだ。私たちが歓喜した理由は、潜在意識の中にどこか「民主国家:善 VS 独裁国家:悪」という二元論の構図があるからだろう。

今はどこの国も強いリーダーのもと、独裁的な雰囲気が求められているように思う。ただし、民主国家からは強いリーダーは制度上誕生することはできない。民主主義国家の最大の欠点は選挙によってリーダーが決まるため、2つの異なる意見が存在する場合、どちらかに偏った政策をしてしまうと次の選挙で支持者の半分が減ってしまうリスクがある。したがって、どちらの意見もバランスよく取り、双方に忖度しながら国家運営を行っていかざるを得ない運命にあるのだ。

このように民主主義は実は非常にコスト(維持費用)がかかる制度だということがわかる。それは仕組みを維持するための費用と、物事を決定するまでの時間(タイムコスト)だ。これとは反対に独裁主義はトップリーダーである独裁者の言うことが絶対の正義であり、物事を決定してから実施するまでの時間はトップダウンであっという間に実現できる。

もちろん、どちらにも一長一短がある。民主主義は相対的正義に基づいて決定がなされるため、少数派が牽制効果を持ち、結果として大きな失敗をするリスクは少ない。その一方、独裁主義は絶対的正義に基づいて決定がなされるため、トップリーダーの方向性が間違っていた場合、全員が道連れにされる運命にある。ようはリスク・リターンのボラティリティ(変動率)の問題だ。ケースバイケースではあるが、前者(民主主義)は相対的にローリスク・ローリターンな制度であり、後者(独裁主義)は相対的にハイリスク・ハイリターンな制度ということになる。

これまで民主主義国家と言われた多くの国でも、感染予防や治安維持という名のもとに、国家が私権を制限するケースが多く見られ、結果として市民はそれを受け入れているようだ。しかし、「国家による私権制限の必要性」と、「民主主義という観点から見た私権保護の必要性」、これらの両立は極めて難しいバランスの上に成り立っており、二元論で白黒つけることはできない問題だと思う。

a. 国家が私権を制限し、人々の移動制限を行い、人々の行動を監視し、伝染病に対応する社会
b. 民主主義が私権を保護し、人々は誰からも強制されることはなく、移動の自由が保障される社会

さて、果たしてどっちがいいのだろうか。

当たり前だが、世の中に絶対の正解は存在しない。

「自由の不確実性は、独裁的統治による強制された予測可能性への逆行の理由にはなりえない。前にある道のりには困難もあろう。しかし別の道を歩むことは、弾圧のまん延する恐ろしい未来に国家全体を委ねることを意味する。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチ代表 ケネス・ロス(アラブの春の際の発言)
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・自由をめぐる究極のせめぎ合い

「非常事態」という言葉は本来の意味では「問答無用で私権を制限しなければならない状況」のことをいう。だからアメリカやヨーロッパでは早急に国境を封鎖し外国人の入国を禁止し、自国民の国内移動を制限することができた。その意味では、日本は実は非常事態宣言はしていないと見ることができる。

日本のニュースを見ていたら、自粛要請に応じないパチンコ店の名前が公表されるようだと報道された。法的拘束力を持たないただの「お願いレベル」で自粛を強要する行為が、憲法で保障された基本的人権を侵害しているのは明らかだ。また、店舗の営業者に対して自粛を要請する行為は私権の制限となり、財産権を侵害することになる。

日本国憲法第3章 国民の権利及び義務
第29条 【財産権】

第1項 財産権は、これを侵してはならない。

双方の言い分はこうだ。

パチンコ店の言い分: 「営業を自粛してしまうと、本来営業して得られるはずの利益が機会損失になる。これは営業の自由であり、私権の制限(ここでは財産権)は憲法によって認められていない。したがって営業は続ける。営業自粛を強要するなら不利益を保障してくれ。」

パチンコ嫌いの言い分: 「今は社会全体の利益を優先し、人の移動は制限するべきだ。人が密集し、閉ざされた空間の中で集団感染したらどうするんだ?営業を自粛しない店舗(不届き者)は晒して見せしめにすべきだ

休業要請に応じないパチンコ店の言い分は、国による保障は十分かどうかを考慮した結果、営業を続けたほうが経済合理的という判断だ。したがって、パチンコ店は営業を続けた。損得勘定でいえば、自粛に協力してわずかなお金をもらうよりも営業を続けたほうが経済合理的であり、感染対策は自分で取っているから問題ないのだという。たしかに「三密でない限りにおいては」と行政ははっきりと言っているので、ルールを守っている以上営業自体を禁止することはできない。

一方、行政側も市民の声がエスカレートしているので放っておくわけにはいかず、店名公表という晒し刑を執行した。その結果、店名公表ゆえに開店情報を無料で宣伝する結果となり、他県からも越境してパチンコ好きが訪れ、さらに来店者が増えることになったという。これでは何だか本末転倒ではないか?

その後、自粛要請に応じない店舗は自粛警察によって、脅迫電話や張り紙が増えたのだという...。

この理屈を当てはめて考えると、通勤電車やバスなどの交通インフラも人が密集する空間になるため、自粛せざるを得ない状況になる。つまりこれをやってしまうと、電力や水道などのインフラ、スーパーの店員さん、インターネットなどの通信インフラを担うサーバー管理者、経済の血液をコントロールする金融機関のスタッフなど、社会インフラを担う人たちの移動が大幅に制限されてしまい、インフラという最も重要な社会基盤を失うことになるからだ(*今、多くの人たちがテレワークでZOOMなどを使って遠隔業務をしているが、そこにはITインフラを担う人たちがいて始めて成立することを忘れてはならない。ヒトの移動をせずに社会を回すことは不可能で、必ず物理的に移動しなければならない人たちも一定数いるのだ。だから、闇雲に外出する人々を無差別に攻撃する行為は慎んだほうがいい)。

さすがに政府も交通インフラを止めるわけにはいかず、交通インフラを止めずにパチンコ店の営業自粛を強制してしまうと、今度は民主主義の基本的理念である平等性が損なわれることになる。

なお、交通インフラを止めるわけにいかないということは、そこには一定数の不要不急の移動者も紛れ込むことになる。どんな社会でも逸脱する人は一定数必ず存在する。今回の件でいえば、旅行者やゴルフに行く人たち、河原でバーベキューをする人たちが該当することになるだろうか。

この私権の制限は非常にナイーブで難しい問題だ、ここに民主主義の限界と苦悩が見て取れる。なお、パチンコについてはうるさいという理由で私は感情的に好きではないが、自粛の強要はさすがにやりすぎだと思う。物事は常に相対的であり、絶対の正義は存在しない。物事は感情論ではなく、常に冷静に論理的かつ客観的な視野から俯瞰的に本質を考える必要がある。

では平行線をたどる両者を調和させることは可能なのだろうか?

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・ハームリダクション戦略で半自粛が最も現実的ではないか

世の中は理想主義に溢れている。「この黄色い財布を買えばあなたはお金持ちになれますよ~」、「この投資ソフトを使ったらあっという間に億万長者になれますよ~」、「このサプリメントを飲めば運動しなくてもダイエットができますよ~」、「この教材を買えば聞き流すだけで簡単に英語が話せるようになりますよ~」、こういう類の話はネット広告でもよく目にする。

人間は本能的に理想主義者だ。

なんとな~く効果がありそうだけど、それを試して効果が出た人は果たしてどのくらいいるのだろうか?何だかよくわからないものに手を出すよりも、私たちは今、冷静になって柔軟に考え、社会全体の妥協点を探っていく方がより現実的であるように思う。

上記のツイートにある京都大学の藤井教授がツイートしたコロナ感染のヒストグラムはオーバーシュートした自粛要請に疑問を投げかけたものだろう。

この図から読み取れる客観的事実は以下のとおりだ。

死亡者数: 60代~80代に多く、50代以下はほとんどいない
重傷者数: 60代~70代に多く、50代以下はほとんどいない、30代以下はほぼいない
軽症者数: 20代~50代に多く、10代以下はほとんどいない、60代~80代は20代~50代の半分程度

藤井先生は自身の見解を述べていないが、「50代以下はほとんど影響がないので、外出して経済を回し、60代以上は極力外出を控えていれば、実はコロナウィルスは言うほど怖くないんじゃないのか?」ということだろう。もちろん、ウィルスを正しく恐れることは大事だ。

ただ、、、1人の感染者も出ないように自粛するのは理想的だが現実的ではないだろう。こんな事をマジで続けていたら、コロナウィルスで死ぬ前に、多くの失業者が街にあふれて経済的に死んでしまう人の数のほうが増えてしまう。

今後予想される第二波、第三波が来るたびに自粛を断続的に行うことは現実的ではないだろう。

上記の藤井先生の「半自粛」の内容を詳しく読んだわけではないが、おそらくハームリダクションの考え方をベースにしていると考えられる。

ハームリダクション(Harm Reduction)とは有害なもの(Harm)を軽減する(Reduction)という意味の言葉で、主に薬物療法に使われる言葉だ。この考え方の基盤となる思想は「有害となる問題を完全に解決させることを最初から期待するよりも、その行為を止めることができないのであれば社会全体で毒性を弱めよう」というリベラルな考え方に基づく。

私は10代の一時期をヨーロッパで過ごしたが、それはそれは想像を絶するような文化に放り込まれたことを覚えている。私はスイス、フランス、オランダに滞在したが、ここで大きなカルチャーショックを覚えた。

例えば、フランスの学校では授業が終われば先生は必要に応じて生徒たちにコンドームを配布する。思春期の子どもたちにセックスをするなと言っても、どうせ行為自体を止めることはできないからだ。それならば、個人の自由意思を尊重し、せめて望まれない妊娠を予防したり、性病が社会全体に蔓延しないように教育したほうが現実的だという考え方に基づく。なお、路上売春者に国がコンドームを配布して「適切な」予防策を採用している国もある。以外と思うかもしれないがアジアではシンガポールが国家規模で管理売春をして性病の感染防止に努めている。

また、オランダの学校では授業が終われば先生は必要に応じて生徒たちに注射針を配布する。ドラッグが好きな子どもたちに薬物をやるなと言っても、どうせ行為自体を止めることはできないからだ。それならば、個人の自由意思を尊重し、体育館の裏でまわし打ちをしてHIVが社会全体に蔓延しないように教育したほうが現実的だという考え方に基づく。なお、隣国スイスではヘロインさえも合法化されており、現在は街を歩いても麻薬中毒者を見かけることはなくなった。薬物医療センターにいけば、保険が適用され、「適切な」用法容量を調整してもらいながら心置きなく針を打てるのだから。

私が日本で「普通の」学生生活に戻った時、今度は逆カルチャーショックに悩まされた。大人たちは言う、「未成年で責任を取れない年齢なのにセックスをしてはいけない」「ドラッグは人間をダメにするから手を出してはいけない」と。私が感じた大人たちに対する違和感の正体とは「それらを子どもにやめさせるための十分な理由にはなっていなかった」ということだった。ようはリスクは自己責任でコントロールするものではなく、リスク自体を全否定して禁止するのが日本人らしい。不届き者を受け入れは共存するという意識はなく、問答無用で制裁されてしまうのだ。

この経験で私が学んだことは、「日本人というのは問答無用でリスクに対して過剰に反応する強迫性障害の資質を兼ね備えた人々」であるということだ。

そりゃそうだよね、だって大人たちは子どもの頃、長縄跳びをやって育ったんだからね。

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上記は多くの人にとっては非常に過激に感じる実例かもしれないが、こういうケースは私たちの身の周りにもたくさんある。例えば、私たちは車を運転するときには保険に入るし、運転席にはエアバッグを取りつける。自動車保険に入るのは事故に遭った際や誰かを巻き込んでしまった時のリスクを最小化するための手段だ。運転席にエアバッグをつけてシートベルトを締めるのは、万が一事故に遭ってしまった時に死亡リスクを最小化するための手段だ(※もっとも、保険に入ったから事故を起こすことを正当化してよいことにはならないし、薬物が合法化されているから依存症そのものが肯定されるわけではない)。事故に遭うのが怖いからといって車を運転するのをやめることはできない、それならばリスクを最小限にとどめながら運転しようというほうが現実的だ。

まさか皆さんは、飛行機が落ちてくるのが怖いから、外に出ないでシェルターに籠って暮らそうということにはならないだろうと思う。だけど、このゼロリスク症候群こそが自粛警察を生み出す源泉になっってしまったことは言うまでもない。

0か1の二元論でこの問題の本質を考えることは、非常に危険だ。コロナ禍の外出制限は、自粛要請の圧力をかけると、それを破る人々がかえって地下に潜ってしまい、見えないところでより深刻な二次被害、三次被害を拡散させてしまいかねないだろう。

民主主義とは本来私たちを豊かにするための制度であるはずだ、それは賛成派と反対派、多数派と少数派に常に意見が分かれ、絶対の正解が存在しない世界でもある。これが民主主義のコストであり、自由をめぐる争いは今日も続く。

おそらくコロナ禍がひと段落したずっと後に、私たちは社会全体でこの問題について議論する必要があると思う。

ただ、これを読んでいるあなたが自粛警察ならば、やみくもに歪んだ正義を振りかざす行為は控えてほしい。災いは巡ってやがて自分に跳ね返ってくる。次に長縄に引っかかってしまうのはあなたかもしれない。

井戸に唾を吐く者は、いつかその水を飲まなければならないのだから。

アフターコロナの世界を考える①~不景気の株高、二番底は来るのか~


子どもの頃、私が思い描いた2020年とは、それはそれは素敵な未来がやってきて、私たちの暮らしはさぞや快適になっているだろうとぼんやり考えたことがある。

しかし、残念ながら私の理想は見事に裏切られ、未来はそれとは真逆の物語を私たちの前に連れてきてしまったようだ。今年はいつになく、不穏な1年になりそうだ。

でもちょっと待った、、、悪いことの後には良いことがあると楽観的に考えるのも人間に与えられた才能かもしれない。リスクもリターンもその本質は「変化」や「変動」の中に生きているのだから。

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写真はコロナショック前の1月に行ったペナン島。コムタ最上階にあるレインボー・スカイウォークからの眺め、ガラスが割れたら二番底は地上だ

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私は今、このブログを現在の居住国であるマレーシアの首都クアラルンプールで書いている。

2019年12月31日、東京から遊びに来てくれた友人らと合流し、遅めの夜食をともにした。これから私たちはKLCC地区にあるペトロナスツインタワーの前で新年を迎えるのだ。街は2020の文字で埋め尽くされお祝いムード全開だ、私たちはあと数時間後には20年代という新たな時代を迎える。夜食を少し離れたブキビンタン地区・アロー通りの屋台でさっさと済ませると、私たちはペトロナスツインタワーへ向かって速足で歩き始めた。

歩きながら友人が言う。

友人:「ねぇ、ユーディー知ってる?中国の武漢で新種のウィルスが発見されてちょっとした騒ぎになってるみたい。どう思う?」

私:「最近香港で民主派のデモがあったでしょ、中国政府がネタで大げさに言ってるだけだろ?どうせすぐ終わるよ。それより急がないと日付変わっちゃうよ」

到着したツインタワーの前の広場はとんでもない人だかりで「足の踏み場もない」というのは正にこういう事を言うのだろうと思った。久しぶりに東京の通勤ラッシュ時の満員電車に乗った気分だ。笛を吹く人の音がうるさいわ、人は密集するわ、一度止まったら後ろから押されるわ、物好きというのはこんなに多いのかと驚いた。

私たちもその、、、物好きの一派なのだが...。

元日の夜空に向かって天高くそびえたつツインタワーはまさに産油国マレーシアの象徴と呼ぶにふさわしい圧巻の雄姿を見せる。東マレーシアの沖合に沈む海底油田、黒くて重い液体のゴールドは見事な鉄とセメントの塊を首都クアラルンプールのど真ん中に積み上げてみせたのだ。ツインタワーの間から打ちあがる花火を見ながら、私たちのテンションは最高潮に達した。

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年末年始の正月休みということもあり、友人たちはしばらくクアラルンプールに滞在した後日本に帰って行った。しかし、この時はまさか数か月後に世界全体がこんな状況になるなんて私たちの誰が予想しただろう?

今になって冷静に振り返ると、もしコロナウイルスがすでにマレーシアに侵入していて、無症状感染者が拡大していたとしたら、あの密集現場で強烈なアウトブレイク(感染拡大)が発生していたかもしれない。

人々は歓喜に沸き、店は朝まで大繁盛、不穏なニュースにも金融市場はわずかな下げ幅にとどまり、特段大きな反応は見られなかった。

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・壮大なるライヤーゲームとシーソーゲーム

金融市場の参加者は概して楽観的だ。そりゃあ上がる!上がる!と言い続けないと商売にならないからだ。

事実、コロナウィルスの震源地となった湖北省武漢が1月23日に都市封鎖(ロックダウン)されても、1月末から2月初旬にヨーロッパにパンデミックが波及して実体経済が麻痺してもなお、株式市場や為替市場には大きな影響は出なかった。むしろ2月12日のダウ工業平均は市場最高値29,568ドルをつけたほどだ。

WHOのテドロス事務局長が胡散臭い顔で「大したことはない!」と言っても、中国の習近平国家主席が「中国はコロナウィルスに勝利した!」と言っても(いや、誰がどうみても大したことになっていたはずだが)、ダウ工業平均や日経平均株価は緩やかに上がっていった。

これだけの壮大なライヤーゲームでさえ相手が人狼であると認識しながら、それでも意図的に株価を上げ続けなければならないのがアメリカ大統領の宿命だ。

それとも、実体経済と金融経済はだいぶ昔から主従関係が逆転してしまっているから、実体経済の悪影響はさほど金融経済に影響を与えないってこと?


えっ、えっ、そうなの...

ところが、2月20日を境に潮目が一気に変わった。それまでは相対的に円が売られドルが買われていたので、これは緩やかに回復を期待するリスクオン(まぁ、中国とヨーロッパなんか色々大変そうだけど、すぐに回復するっしょ)の流れだった(注:最近はドルがゼロ金利なので低金利の円をわざわざ借りてくる投資家は減ったのであまり当てはまらなくなってきた)。2月20日過ぎあたりからリスクオフのムードが漂い始めたのはアメリカ本土へとパンデミックが急激に拡大しつつあったからだ。

今回のパニックでひとつ勉強になったことは、アメリカが当事者(被害者)になるまでは、たとえヨーロッパでパンデミックが起こっても対岸の火事として認識され、アメリカ合衆国の基本的なスタンスとして、世界の深刻な問題としては取り扱わないらしいという事実だ。これは今後、パンデミックや戦争が起こった有事の際に参考になると思う。

私は正直、この地球全体を巻き込んだコロナウィルスという存在が金融経済にどんな影響を及ぼすのかとても興味深く眺めていた。というのも、私はこれまでサブプライムショック(2007年)やリーマンショック(2008年)を金融取引の現場で経験してきたが、いずれも金融経済がクラッシュしてから実体経済に波及し始めるのは9か月前後であることを経験則として持っているからだ。

つまり、株価大暴落が起きようとも、あの時、金融街のオフィスを一歩出れば人々は普通に生活をしていたし、会社やお店がバタバタと倒産し始めるまでには9か月間のタイムラグがあったからだ。2016年3月に石油価格が暴落した時も、マレーシアやインドネシア、アラブ湾岸諸国など産油国の実体経済に影響が出始めたのは、やはり9か月が経った頃だった。

ところが、今回のコロナショックは先の体験とは真逆の現象で、先に実体経済を直撃した。これは私にとっては初めての経験だ。サプライチェーン(供給の連鎖のこと。製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れのことをいう)は強制的に分断され、国際線は運航休止に追い込まれ、国境が封鎖され、先に実体経済がやられた(ヒト・モノの移動制限、カネの移動だけはできるがそれだけでは経済を回せない)。

だからどこの国も「現在我が国は戦時下にある」という表現を使っているのだと思う。だって、私たち人類はここ70年以上、地球全体を巻き込んだ世界大戦など経験していないのだから、そういう表現にならざるを得ないんだろう。しかも、さらに厄介なのはウィルスという見えない敵が相手だということだ(当事者のウイルスたちに損害賠償できないから、アメリカやヨーロッパは中国に矛先を向けて「使用者責任」の間接適用を巡って躍起になっているようだ...)。


さて、金融マーケットはその後、約1か月間かけて坂道を転がり落ちて行った。

2月12日のダウ工業平均は市場最高値29,568ドルをつけた後、3月23日に18,213ドルまで急落。3月9日と12日の下げ幅が凄まじく、代表的な株式指数であるSP500の暴落を受けてサーキットブレーカーが発動、市場取引が一時停止した。この時点でSP500を基準に投資家の恐怖を指数化したVIX指数(恐怖指数)は3月18日のロンドン市場オープン直後に85.47という驚異的な数値をつけた(これはリーマンショックの2008年10月につけた史上最高値89.53に迫る数字だ。普段は14~22あたりを行ったり来たりする)。

日経平均株価は2月6日に23,995.37円の直近高値をつけた後、3月19日にかけて16,358.19まで急落。ちなみにこの時のドル円の為替の動きを調べると2月21日に1ドル112.186円をつけた後、3月10日に1ドル101.201円まで円が買われた。

ダウ工業平均株価: 
29,568ドル(2020年2月12日)→
18,213ドル(2020年3月23日)

日経平均株価: 
23,995.37円(2020年2月6日)→
16,358.19円(2020年3月19日)

ドル円: 
1ドル=
112.186円(2020年2月21日)→1ドル101.201(2020年3月10日)


VIX(恐怖)指数: 
14.17ドル(2020年2月17日)→
85.47ドル(2020年3月18日)

※上記は直近最安値と直近最高値を比較したもの、興味深いのはドル円と日経平均株価の転換点がずれて相関が崩れている点だ。

さすがにアメリカ政府もこの状況はマズいと思ったのか、3月25日、トランプ政権と議会側は新型コロナウイルスに対応するため、2兆ドル、日本円でおよそ220兆円の緊急経済対策法を成立させた。あまりにも早い決断だったと思う。

”ゼロ金利となった今、長年待っていたインフラ法案をやるときがきた。これは大きく大胆なものであるべきだ。220兆円相当で、雇用と合衆国のインフラを再構築するのだ!”

第45代アメリカ合衆国大統領 ドナルド・トランプ

つまり、3月25日の時点でアメリカでは金融緩和が行われることが決定したことになる。金融緩和とは簡単に言えば、お金をどんどん刷りまくって市中に流し、企業や個人の経済破綻を防ぐための刺激的な金融政策(劇薬)だ。

モノの価格は常に需要と供給によって決まる。

これはすなわち、市中に出回るお金の量が増えるわけだから、お金そのものの価値が下がることを意味する。カネの価値が下がるということは相対的にモノ(株式や不動産)の価値は上がることになる(もっと正確にいえば、カネの価値を無理やり下げたので、モノの価値が上がったように見せることができる)。結果としてその後、アメリカのダウ工業平均株価は反発して上がった。そして、アメリカドルの量が増えても日本円の量は変わらないので、日本円の価値も相対的に上がっていった。

これに追随して、日本でも安倍首相が4月7日に景気刺激策として108兆円の経済対策を発表し、日経平均株価は上がっていった(先述したが、上がったように見せた。現在、日本の年金運用機構GPIFのブレークイーブン(損益分岐点)は19,000円前後に位置しているという)。今度はアメリカドルの量に対して日本円の量が増えることが決まったので、日本円は売られ、ドルが上がっていった。

本質を考えれば、両国政府がやっていることは、シーソーにバケツを置いてお互いに水の量を増やしごっこしているだけなのだ。頭のいい大人たちもやっていることの本質は子供時代の遊びと何ら変わらない。

***

・まさかの石油価格史上初のマイナス決済

その後、4月20日のNY原油先物取引市場で史上初の緊急事態が発生した。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物5月限(ぎり)は55.90ドル安のマイナス37.63ドルで取引が終了した。なんと一時マイナス40.32ドル!?にまで下落したのだ。


そもそもの下落要因として考えられるのは、パンデミックによる地球規模での経済活動の低下を受けて原油そのものの需要が大きく後退したためだろうが、原油そのものが供給過多となりつつあった状況に追い打ちをかけるように、飛行機は飛ばないわ、人は移動しなくなるわで、石油そのものの需要が大きく後退してしまい、先行きの需要が見込めなくなったことだろう。


この時、アメリカ国内ではすでに原油在庫が貯蔵施設の能力の限界に達するとの見方が強まった。ただでさえ、供給過多で原油在庫がパンパンになっていた上に、実需が一気に消えてしまい、しかしそれでも採掘を止められずに供給は続くことになるのだから、「もぅお金を払うので頼むから引き取ってください」という意味不明の事態になったわけだ。

WTI先物は先物取引のため「精算日」という概念が存在する。2020年5月限(ぎり)の精算日は4月25日となり、3営業日前となる日が取引最終日となる。つまり、5月限の取引最終日は4月21日となる。


原油先物取引の決済方法は反対売買によってゲームが終了する。取引最終日にポジションを保有していた場合、最終的には反対売買で強制決済される。それはそうだ、まさか一般の投資家や機関投資家が現物取引をするわけではないでしょ!?そうでないと配達員のお兄さんがインターホンを鳴らして原油を自宅や会社に持ってきてしまうことになる(どこに保管するんだよ笑)。私はこれまでガチの原油を買って、自宅で保管している投資家にはお会いしたことがない。

今回は取引最終日が明日に迫り、お金を払ってでも引き取ってくださいという事態になったのが、マイナスとなったパニック要因だと考えられている。

石油の供給者であるOPECプラスは5月1日から世界の原油供給の約1割に相当する日量970万バレルを削減する協調減産を開始し、現在の石油価格は落ち着きを取り戻しつつある。

オイルの実需を試算すると、コロナの影響で現在3,500万バレル/日の実需が消失したといわれている。OPECプラスが減産に合意した分が970万バレル/日。差分は2,530万バレル/日だから、この量を追加減産しないかぎり、価格がコロナ前の水準に戻ることはないだろう。

このまま需要環境が改善し、OPECプラスの協調減産が行われた場合、年内には今度は供給不足により供給<需要となり、過剰在庫の取り崩しが始まるかもしれない。ただしその間に原油価格が上昇してしまうと、今度は減産合意が破棄され、再度受給が崩れるシナリオも十分にあり得る。

ここでも大人たちのシーソーゲームは続く。

***

・コロナショックは何が着火点で誰が大やけどを負い、誰がケツを拭いたのか?

先物市場というのは世界中のどこかのマーケットで売買が常に行われていて、毎秒ごとに値段が上がったり下がったりする。すなわち相場は常に変動している。

価格が上がり過ぎればいったん下げて調整が入るし、下がり過ぎればいったん上げて調整が入るし、少しずつ高値と安値を切り上げ(切り下げ)、小さなレンジ相場を形成しながらやがてトレンドを形成してどちらかの方向に向かっていく。そりゃそうだ、市場取引は買い手と売り手がいて成り立つわけだから、少しでも高くなれば売り手は増えて買い手は減るし、少しでも安くなれば売り手は減って買い手は増えるわけだから、バランスを取りながら上下に変動を繰り返していく生き物だ。

少し難しい話になるが、相場は長期・中期・短期の3つの波で形成されると言われる(ダウ理論)。長期の波は中期の波の連続によって形成され、中期の波は短期の波の連続によって形成される。月足・週足・日足から4時間足、1時間足、15分足、5分足、1分足、ティックチャートまで縦に並べてみるとこの現象がよくわかる(いわゆるマルチタイムチャート)。

ところが、今回のように一気に着火点のトリガーが引かれると、小さな波の動きが早すぎて誰も手に負えなくなる(そんな状況でも3つの波の法則はしっかり当てはまっている。が、小さな波が大きすぎるゆえに1つ上の時間足がもはや津波級レベルになる)。例えるなら、この状況でトレードするということはサーファーが津波の上でサーフィンをやっているようなものだ。

ちなみに、、、私は6月限の原油で1,000ドルだけフルレバレッジでショートポジションを取ったが、数秒で津波にさらわれてしまった笑 火遊びはやるもんじゃないな笑笑笑


さて、本題。この暴落局面で超ド級の売りポジションを持ったのは、いや持たざるを得なかったのは誰だろうか?

結論先行でいえば、私は産油国の政府系ファンド(ソブリンファンド)とヘッジファンドや投資信託が主体だったのではないかと思っている。

先日、ノルウェーの政府系ファンドが4兆円の換金売りをするとのニュースを読んだ。ノルウェーは北海油田を擁する北欧最大の産油国だ。この国の政府系ファンドが金融マーケットに与える影響は極めて大きく、世界最大級の機関投資家として知られている。通常、産油国は1バレル数十ドルを想定して国家予算を組んでいるわけだから、原油価格が今回のレベルにまで暴落してしまうと金融資産を売って手元に現金を確保せざるを得なくなる。なるほどなるほど、ノルウェーでさえこの状況なのか...。

先月、大手格付機関であるS&P社は、産油国の債券格付けを軒並み段階的に引き下げた。国家の信用リスクが一斉に低下した格好だ。

私が今回、産油国の中で最も甚大な影響を受けた国は、サウジアラビアではないかと思っている。聞くところによればサウジアラビア政府は1バレル70~80ドル程度を想定して国家予算を組んでいたらしい。

サウジアラビアは若きプリンスであるムハンマド・ビン・サルマーン皇太子のもとで石油に依存する従来の経済構造から脱却し、新たな産業開発を多角的に進める計画(ビジョン2030)を急ピッチで進めている最中だ。それが突然のコロナショックという最悪のタイミングで航空機が飛ばずに石油の需要が激減、原油価格の暴落、さらにはメッカ巡礼の観光需要消滅というトリプルパンチで、相当手痛いダメージを受けているはずだ。ようは副業を増やして別の手段で儲けようと思っていた矢先、本業がピンチになってしまい、副業どころではなくなってしまった状態だ。

サウジアラビアは採掘した原油を輸出して外貨を稼ぐ収益モデルに特化した国であり、政府は国民の生活を保障することで治安を保っている。ゆえに、国民の70%は公務員ということになる。サウジアラビア政府は現行の5%の付加価値税(消費税)を7月から3倍の15%に引き上げることを問答無用で決定、さらにすべての公務員に対して給与引き下げという強硬策に出た。これ、普通に日本だったら暴動が起こるレベルだと思う。

上記から、産油国、とくにサウジアラビア政府の換金売り(金融資産を売ってドルを買う動き)が暴落の大きな原因だったと考えている。

もうひとつはヘッジファンドや投資信託の換金売りが原因だったのではないかと思う。ヘッジファンドは本来、「相場の上下変動(βリスクという)に左右されず、マーケットが上がっても下がっても絶対収益(αという)を獲得しますよ~」という謳い文句で投資家からお金を集め、適切なリスク・リターンのポジションを設計して運用を行っている(はずの)プライベートファンド形態の企業だ(ヘッジとは垣根という意味なので、本来リスクは限定されているはずだ)。ところがその実態は市場変動による利益を積極的に取りに行き、結果として失敗、最悪の場合破綻に追い込まれるケースが後を絶たない。ヘッジファンドは一般の投資信託と異なり、ショートポジション(売りから入るという意味)を持つことができるため、下落局面でも積極的にリスクを取りに行き、そこで勝った負けたのゲームをしているのが現状だ。

コロナショックが起こる前、ヘッジファンド勢の多くは間違いなくダウ工業平均株価の上昇による恩恵を受けていたはずだ。強いアメリカを目指したトランプ大統領、2016年秋の大統領選挙勝利時のダウ平均株価は19,827ドルだった。それが2020年2月12日には史上最高値を更新し続け、29,568ドルまで引き上げたのだ。つまり、一方通行の上昇トレンドが続いたわけだから、買いのポジションを持ってさえいればヘッジファンドは普通に利益が上がっていたことになる。

トランプ大統領のやった政策は非常にシンプルだった。彼の政策のもとで史上最高値を更新し続けることができた理由は、史上最高値を更新した直後に中国に追加制裁をかけて譲歩を引き出すというものだった。ぜひ確認してほしい、トランプ大統領が中国に追加制裁をかけるコメントをし、強いアメリカを演出したのは、いつも史上最高値を更新した直後だったことがおわかりいただけると思う。

そして間もなく念願の30,000ドルに到達する目前の2月上旬、不幸にもコロナウィルスのパンデミックがアメリカ国内で発生してしまった。3年かけて彼が築き上げた強いアメリカの株価水準は3年前の基準をわずか1か月で割り込んでしまった、そりゃあトランプさん激おこプンプンでガチギレするわな。

ダウ工業平均株価: 

19,827ドル(2017年1月20日)→29,568ドル(2020年2月12日)→18,213ドル(2020年3月23日)

DOW

今年2020年の秋には2期目の大統領選挙が控えている。コロナショックはトランプ政権に大きな悪影響を与えたことは間違いないだろう。ヘッジファンドや投資信託はプロップファーム(自己資金を運用する会社)や個人投資家と違い、含み損を抱えて投資家から解約を迫られてしまうと、相場の回復を待たずにポジションを決済しなければならない運命にある。株価が下がる→含み損を抱える→解約を迫られる→安値でポジションを決済する→また株価が下がる、という負のスパイラルに突入したメカニズムはまさにこれが原因だろう。つまり、トランプ政権はヘッジファンドや投資信託の連鎖倒産を防ぐために株価を上げる政策を速やかに実施する必要があった。

金融緩和の実施により大量のカネを市中にばらまいたのは、本当に失業者たちを守るためだったのか、それとも...?

これ以上の真実は私にはわからない...。


”合衆国は必要としている人々にお金を与えよ。そして速攻でやるんだ!”

第45代アメリカ合衆国大統領 ドナルド・トランプ


***


・半値戻しは全値戻し、二番底は来るのか?

ダウ工業平均株価や日経平均株価は3月下旬に直近最安値をつけた後、大きな波乱もなく、順調に上昇が続いてきた。世界景気が急激に悪化する中、いわゆる「不況下の株高」という不気味な状況が続いている。

まさに金融緩和という劇薬が功を奏した格好だ。実体経済が動いていないにも関わらず株価が上がっていくのだから、いかに現在のお金の価値が下がっているのかがわかるだろう。

最近、ZOOM飲み会が流行っているようで、機関投資家(いわゆるヘッジファンドやプロップファーム)の運用担当者との会話で必ずと言っていいほどホットトピックに上がるのが「二番底は来るのか?」という話題だ。

これは強気派と弱気派に意見が真っ二つに分かれるが、通常シナリオはジリ上げで二番底は来ないだろうという意見が多い。私も来ないだろうと考えている(注:予想と希望は違う)。

その根拠は、実体経済が少しずつ回復基調にあること、ではなく、先述したとおり、お金の価値が極端に下がりすぎてしまっている状況なので、相対的に株価は下がりずらいという消極的な見方だ。だってバケツの中に水を入れて水面の位置が上がってしまったら、そこに浮かんでいたブイを水中にある元の位置に沈めるのは逆に難しくなってしまうわけだから。それでも、気になる点は(経験則になってしまうけど)、今まで二番底をつけずに元の価格まで回復したマーケットは見たことがない。この点は注意しておかないと。


これまで歴史が何度となく証明して来たように、相場が上か下に動くためには必ずそれ相応のエネルギーが必要になる。だから、どちらかの方向に動くためには、一度逆方向に引き付けて強烈なエネルギーをため込む必要がある(弓矢と一緒の原理)。

私たちが子供の頃、チョロQというゴムのゼンマイを後ろに引き付けてミニカーを走らせる超絶アナログ式のおもちゃがあった(今もあるのかな?)。このチョロQの原理はまさに弓矢の原理と一緒で、金融マーケットで格好良くいえば、「押し目(上昇局面の調整)」とか「戻り(下落局面の調整)」というやつだ。


元の価格に戻ろうとする力は3月下旬の金融緩和決定のニュースから一気に上方向に爆発し、現在は半値戻し(回復の道半ば)にある。ここから上がっていくには、おそらく一筋縄ではいかないだろう。上に突き上げ、下に戻されといった変動を繰り返しながら(いわゆるダマし上げ)、少しずつ売り板を崩し、薄くなったタイミングで高値を切り上げながら全値戻しをしていくのではないだろうか?

上がるか下がるか、それよりも投資は「いつ買うか・いつ売るか」のタイミングが難しい(私も金融緩和のニュースが流れた時に試し玉を入れたけど、一気に半値まで戻ってしまったのでこれ以上買うのをためらっている。もっと買っておけば良かった)。

以前もこのブログに書いたと思うんだけど、金融緩和が始まった時点では手元に現物のお金がない状態で株価だけが上がっていく。つまり、ここでは信用取引が行われたり先物取引が行われ、実体以上の数字だけがマーケットに入りこみ取引量を膨らませる現象が起こっている(モノを持たずに証拠金を積んでポジションだけ持たせてもらっている状態。値動きの部分だけを切り取った商品といえばわかりやすいと思う。ようは水は入っていないけど、水がある「テイ」で水面のブイだけが上がっていく。これがデリバティブという金融商品の本質だ)。

マーケットの共通ルールとして信用取引の決済期限は6か月と決まっており、先物取引でも大きな限月は3・6・9・12月と年4回に分かれる(メジャーSQという)。大口の投資家がマーケットで売買をするときはだいたいこのどっちかの商品でポジションを取ることが多い。

さて、証券会社のホームページを見るとざっくりと以下のようなルールがわかりやすく書いてある。

先物取引は、取引できる期間が決まっています。期日の前営業日を取引最終日として、それまで取引が行われます。期日当日は最終決済のみ行われます。これを限月取引(げんげつとりひき)といい、限月とは先物取引の最終決済月を指します。

例えば、日経225先物は、3月、9月のうち直近3限月と、6月、12月のうち直近16限月、日経225miniは3月、9月のうち直近3限月と、6月、12月のうち直近10限月およびそれ以外の月のうち最も近い3限月が取引所で取引されています。

先物取引(※)は、各限月の満期日(SQ日)である第2金曜日の前営業日が最終売買日となります。

※NYダウ先物は、原則、各限月の満期日(SQ日)である第3金曜日の前営業日が最終売買営業日となります。

松井証券ウェブサイトより

今回の戻り相場を形成させた商品は大きく3つにわかれ、それらは以下の商品が利用されたと推測する。

ダウ工業平均株価: 18,213ドル(2020年3月23日)

ダウ平均現物(信用取引)・・・2020年9月22日までに強制決済が必要(6か月で反対売買が必要)

2020年9月限のダウ先物・・・2020年9月18日までに強制決済が必要(1か月前の25日の3営業日前)

2020年12月限のダウ先物・・・2020年12月17日までに強制決済が必要(1か月前の25日の3営業日前)

いちおう日経平均も書いとこうか。

日経平均株価: 16,358.19円(2020年3月19日)

日経平均現物(信用取引)・・・2020年9月18日までに強制決済が必要(6か月で反対売買が必要)

2020年9月限のダウ先物・・・2020年9月10日までに強制決済が必要(1か月前の25日の3営業日前)

2020年12月限のダウ先物・・・2020年12月10日までに強制決済が必要(1か月前の25日の3営業日前)


上記のあたりで一度利確するかショートポジションを持てというわけではないけど、だいたい、どのあたりで大きな調整が入りそうかの判断材料にはなると思う。

参考:過去の結果

・安倍政権誕生(アベノミクス開始):2012月11月19日→2013年05月23日、日経平均株価が大幅調整(6か月と4日後)。


・日銀による異次元の質的・量的金融緩和発表:2014年10月31日→2015年3月21日、日経平均株価が大幅調整(
5か月と20日

・トランプ政権誕生(トランプノミクス開始):2016年11月11日→2017年05月17日、ダウ平均株価が小幅調整(6か月と6日後)※この相場は前後に調整が入ったパターン。


相場は上がると思っているけど下がるほうにかける投資家の方はぜひ私の以下の記事を読んでみてほしい。この記事に出てくるナシーム・ニコラス・タレブ氏がアドバイザーを務めるテールリスク・ヘッジファンドは今回のコロナショックの中、3月の運用成績がプラス3,612%とのこと。ダウ工業平均が史上最高値をつける中、逆バリでショートポジション(もしくはプットオプション?)を積み上げ、含み損に耐えながら暴落を待っていたと推測できる。すげぇすげぇ!

http://yudypon.blog.jp/archives/20141116.html

以上、投資は自己責任で。

”強気相場は、悲観の中に生まれ、懐疑の中に育ち、楽観の中で成熟し、幸福感の中で消えていく”


アメリカの著名投資家 ジョン・テンプルトン

※過去の景気後退

1987年: ブラックマンデー・・・G7によるルーブル合意の協調政策の破綻

1997年: アジア通貨危機・・・新興国通貨の急落と外貨建て借金の膨張と資金引き上げによる深刻な景気後退

1998年: LTCMショック・・・米大手ヘッジファンドの経営破綻

2007年: サブプライムショック(BNPパリバショック)・・・傘下のミューチュアルファンドの解約凍結による信用不安

2008年: リーマンショック(AIGショック)・・・米大手投資銀行の経営破綻

2017年: ←来なかった→

2018年: ←来なかった→

からの

2020年: コロナショック・・・疫病蔓延による実体経済の停止と実需消滅による石油価格暴落

↑今ここ

***

アフターコロナの世界を考える②~民主主義のコストと自由をめぐる争い~ へ続く

令和元年

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その空想時代には自動車渋滞や事故が存在しない。

なぜなら、誰もが飛行機で移動する時代になったから。


そこには電線が一本もなく、煉瓦の建物も
綺麗に保全され、市街の景観が維持されている。


また、貧富の差がなくなったので、戦争や争いもない。

不老回春薬でどれだけ歳を重ねても私たちは老人にならない。


「富の平均」・「健康の平均」・「思想の平均」がノーマルになっている大正三十七年の日本は全て薬のおかげ。

その特効薬を開発したのは日本であり、世界へ輸出しているので財政も大幅な黒字状態となっている。


しかし、この世の中で最も権力があるのは国立大病院という官(行政)が担っている。

測頭機で少しでも脳に異常があるとわかったら巡視官が薬を指定し、私たちの脳はただちに最適化される「理想的な社会」。。。

とても考えさせられる。


「平均」という概念がすべてを支配するこの世の中は一見すればユートピアに見えるものの、実はそれは官の統制社会による、というもの。
星一(星製薬・星薬科大学創立者)が出版したまぼろしのSF小説「三十年後」。


大正七年(
1918年)に描かれた「大正三十七年(昭和23年)」(1948年)の日本の姿。


***


平成が終わり、今日から「令和」という新時代を迎えた日本。

私たちが経験した平成という約30年間の月日は、どんな時代だったのだろう?

戦後、焼け野原から出発した日本は、時代の流れを運よくとらえ、大きく利益を上げることができた。

極端な集中投資で成功を収めたこの国は、過去の成功体験に捕らわれ、バブル景気をピークとして崩れていった。この国はポートフォリオを分散させ、本来の投資の在り方を怠ってしまい、失われた三十年にもがき続けることになる。

平成という時代は真の自由と平等路線に向かい、国境線は一昔前に比べ敷居が下がり、多くの企業が国外に新たな販路を求め、あらゆる側面で、グローバル化が進んだ。

すなわち平成とは、日本が30年掛けてようやくノーマライズ(標準化・平均化)した時代だったといえる。

ここまでの
日本が辿ってきた30年の道のり、そしてこれから日本が歩む道のり。

私たちの30年後の「令和三十年」は、どんな世の中になっているのだろう?

スマホの通話ボタンは何のためについているのか?


多忙なビジネスパーソン同士は絶対に電話でやり取りをしない。

その理由は「相手の時間を強制的に奪う」ことを共通認識として持っているからだ。

ゆえに自分にとって不利益となる行為は相手に対してもやらないことが社会人としてのマナーだ。

災いはやがて巡り巡って自分に跳ね返ってくるのだから。

百歩譲って電話でやり取りを希望する場合は、以下のように事前に相手の許可を取るのが現代社会の新たなルールとなっている。

お世話になります、○○と申します。

電話対応を希望しており、要件は2点あります。

1. ○○について
→ 要点は「いつまでに」「誰が」「何を」「どうして」結果「○○をしたい」

2. ○○について
→ 要点は「いつまでに」「誰が」「何を」「どうして」結果「○〇をしたい」

1.は弊社にとって「緊急かつ重要」、2.「重要だが緊急ではない」テーマです。 

当方の都合のよい日時は

 ○○月○○日の○○時から○○時の間、または○○月○○日の○○時から○○時の間となります。ご多忙のところ恐縮ですが時間調整をお願いできれば幸いです。費用が発生する場合は見積もりをお送りください。

それではどうぞよろしくお願いいたします。


電話は「かける側の都合に左右される受け手にとっては強制的な伝達手段」、メールやチャットは「受ける側の都合に配慮した任意的な伝達手段」である。

***


顧客:「大事な内容なので電話してもいいですか?」

私:「大事な内容であればメールしてもらってもいいですか?」

こうしたやり取りはどこの会社やコミュニティでも頻繁に起きていることだと思う。

特に高齢者であるほど、「大事な内容は電話で話すべき」とされていて、若年層であるほど、「大事な内容はメールやメッセージで残すべき」という傾向が強い。

顧客:「メールしたら大変失礼に当たると思いますので、電話でお話しできませんか?」

私:「いきなり電話がかかってくると私の優先順位が狂ってしまいますし、今やっている作業に集中できなくなります。後で確認するのでメール入れといてもらえますか?どうしても電話を希望される場合は都合のよい日時を23提案ください、双方にメリットがあれば時間を確保しますので。」

私はよほどのメリットがない限りは相手にアポ無で電話をかけることはしない。私の時間は私が支配できるが、相手の時間を支配できる権限は私にはないのだから。

よく言われる反論として「
文章を打つのが面倒くさいから簡単なことは電話で済ませればよいではないか?」というもの。これもたしかに一理ある、言いたいことはわかる。だけど通話ボタンを押す前に思いとどまってほしい。

だってそれはかける側の一方的な自慰行為(オナニー)であって、受ける側の都合を配慮できないわがままな人間ではないか。たぶんこういう感覚の持ち主は相互共同的合体行為(セックス)があまりうまくない人だと思う笑。

A君は納期が迫っていて、商品のコーディングミスがないか最終チェックしている最中かもしれない。
B君は商談中で、お客さんと飲みながら楽しく会話を盛り上げている最中かもしれない。
C君はナンパしたお姉さんを部屋に上げて、まさに今パンツを脱がしている最中かもしれない

これは宣戦布告なく、相手国の時間的領土にいきなり核ミサイルを撃ち込むのと同じことだ。

もう何だったら出張先のホテルでムラムラしてデリヘルのお姉さん呼んだら、ドア開けた瞬間に思いっきり服の上から引っかけてしまうようなもんだ

これは、完全にテロ行為ですよ笑


***

私自身、同時進行で数十件もの作業をマルチタスクでこなさなければならない立場になった今、「電話に出ない」という選択肢を取るビジネスパーソンの気持ちがよくわかるようになった。

結果として私自身も数年前から「電話に出ない」という選択肢を取らざるを得なくなった。

「電話に出ないほど忙しいのは、自己管理ができない二流の人間だ」という人もいるかもしれない。忙しいとは「人偏」に「亡くす」と書くので使ってはいけないNGワードだと言われるが、そういう低次元のレベルの話ではない。優秀なビジネスパーソンはみんなそれくらいの自己管理能力は持ち合わせているし、本来的に段取り能力が高い人たちなのだから。

優秀なビジネスパーソンが電話に出ない理由は、その人に案件が自然とたくさん集まって来てしまうため、選択と集中に戦略をシフトしないと業務フローそのものがパンクしてしまうのだ。

資本主義社会の本質的なルールとは、「時間という有限の資源を効率化し、収益を最大化させていく効率最適化ゲーム」であるため、優先順位を徹底して管理できなければビジネスパーソンとして生き残ることはできなくなる。

ここでは「相手の時間を強制的に奪う」ということについて書いているが、何もビジネスパーソンに限った話ではない、本部と現場、管職者と社員、高齢層と若年層、旦那さんと奥さん、彼氏と彼女、パパと愛人、優先順位を持つ全ての組織や人々に当てはまるテーマだと思う。

こうすべきだという「べき論」を振りかざすほど厄介なものはなく、お互いがそれぞれの正義を主張するので収集がつかなくなる。だからいつの時代も戦争はなくならない。

この際はっきりさせよう、電話は百害あって一利なしだ。

スマホの通話機能は今すぐ廃止す「べき」だ 笑笑笑

Smart Phone

***

想像してほしい。

朝、出社したらあなたはパソコンを起動すると思う。そこには新着メールが20件、LINEの未読メッセージが10件、What’s appの未読メッセージが10件、Facebookメッセンジャーの未読メッセージが10件入っていたとする。

この時点であなたが最優先でやらなければならないことは「優先順位をつける」という作業だ、例えば以下のように。

・フロー型属性の案件(継続的な収益)・・・「A

・スポット型属性の案件(一度きりの収益)・・・「B

×

1,000万円以上の案件・・・「S

1,000万円未満の案件・・・「A

100万円未満の案件・・・「B

・利益を生まない案件・・・「C

・意味不明な営業メール・・・「D」

×

・アジア時間終了までに終える案件・・・「X

ヨーロッパ時間終了までに終える案件・・・Y

アメリカ時間終了までに終える案件・・・Z

・明日以降に持ち越してもよい案件・・・P

飛んできたメッセージをその場でどんどん返してしまったら、どれが高収益案件でどれが低収益案件で、どれが非収益案件かわからなくなってしまう。これはビジネスパーソンにとっては自分の利益を最大化させるための非常に大事な作業なはず。なかには収益案件どころか、あなたから利益を奪おうとする負債案件も含まれている。ゆえに「優先順位をつける」という作業の優先順位は「S」ではなく「SSSpecial S)」に分類されるはずだ。この作業を怠ってしまうと、大きな落とし穴にハマってしまうリスクが高まることになるのだから。

自分自身がこのポジションで仕事をするようになると、周りもみんなこんな感じになるので大学生くらいがこの文章を読んでもなかなかイメージしずらいかもしれない。


上記の例でいえば、このビジネスパーソンは「A×S」の案件に最大限集中し、時間が余ったら「B×S」か「A×A」を2番目に持ってくれば費用対効果を最大化できることになる(※私の場合はフロー型のクライアントを重視するので目先の利益「B×S」よりも長期的にお金を落としてくれる「A×A」の案件を優先対応するようにしている。詐欺師の方はたぶん私と順番が逆になるはず笑)。


上記のように優先順位を決めて作業をしていて、いきなりかかって来た電話に出てしまうと「①それが何の要件」で「②どの属性の案件になるのか」がわからないまま優先順位に関係なく、強制的に割り込まれてしまうことになる。ゆえに、自己管理能力の高い人間は電話に出ないという選択肢を取ったほうが合理的なのだ。

みなさんも「LINEで既読がついたのに、なんであの人はすぐに返信してくれないのだろう?」と思った経験があるはずだ。その理由は受け手の立場になって考えてみればわかるはず。資本主義社会で戦う全てのビジネスパーソンは自らの利益を最大化させるための優先順位を持っている。あなたにとっては最優先事項でも、相手にとってはその時点ではたまたま最優先事項ではなかっただけの話だ。

***

たとえばあなたが月給1,000万円のビジネスパーソンAさんに電話をかけることになった場合、あなたは以下の点を考慮しないと、Aさんに多大な機会損失を与えてしまう可能性がある。

Aさんは当然ながら多忙な(≒とても充実している?)人物なので月の休みは1回か2回程度。つまり1か月に30日くらい働くわけだから、このクラスになると毎日最低でも10時間は働いていると想像できる。

月収が1,000万円と仮定すると、1,000万円/30日で日給が33.3万円程度、10時間働くわけだから33.3万円/10時間=33,300円となり、Aさんの時給単価は33,300円となる。

もしあなたが安易な気持ちでAさんに1時間電話をするとしたら、Aさんには33,300円以上の金銭に見合う対価を支払えなければ、あなたはAさんにとってただの時間泥棒になってしまう。

きちんとギブ
&テイクを心がけよう。


***

スマホの通話ボタンは実に怖い意味を持っていると思う。

「私は今とても自己満足を得たいという衝動的な欲求に駆られており、これ以上私自身のエゴを制御するための精神的余裕を持ち合わせていない状況となっております。そこで、あなたの現在の状況及びあなたの優先順位を一切考慮せず、自らの欲求を満たしたいがゆえに、あなたの許可なく、あなたの時間を強制的に奪うために、今からこのボタンを押します」

もしあなたがまさに今、誰かに対して通話ボタンを押そうとしているのであれば、ぜひ思いとどまってほしい。相手の時間を一方的に奪うことによって、あなたが相手に対して双方がWin-Winとなる時間を提供できるのかどうか考えてみてはいかがだろうか?

マジで事前の予告なくいきなり電話をかけてくる行為はマナー違反だという事にいい加減気づいてほしい。タスクが溜まっている時に「通話を切る」ボタンを押す時間とエネルギーがもったいないので

***

【スマホの通話ボタンは何のためについているのか?】

スマートフォンは非常に便利なシロモノで、もはや電話ではなく携帯可能なパソコンとなっている。もともとは携帯電話にパソコン機能を持たせたものだが、今は主従関係が逆転して「いちおう電話もできる超小型パソコン」という表現が正しいと思う。

全てが指先のスライドだけで簡単にコミュニケーションが取れるデジタル時代になった今、スマホにはなぜアナログ時代を象徴する通話機能がついているのだろうか?

現代社会において電話をかける場面というのは人命に関わるような逼迫した場面だと思うので、警察とか救急車を呼ぶ時くらいではないのかな。あとは、あえて付け加えれば飛行機に乗り遅れそうな時に便を変更する場合、待ち合わせ10分前の確認など。


私は個人的にスマホの通話機能は「付き合ってはいけない人間を選別するために使う」のが正しいと考えている。

毎日いろいろな案件をいただけることに感謝する一方、いかなる顧客も生まれや育ち・国籍などによって差別してはならないと思っている。しかしその一方で、顧客は格付けをし区別しなければならない。なぜならば、どこの会社にも仕事の進め方には統一ルールがあり、ひとつの例外を作ってしまうと全体的な相対的平等が損なわれてしまうからだ。

現在、時差の異なる5か国の会社それぞれに電話対応スタッフを置いている。そこではすべての電話は折り返すという共通ルールを導入している。

 

入電日時:○○月○○日 ○○時○○分

顧客名:○○様 先方担当者:○○様

担当者:△△宛

要件:○○様より××の内容について問い合わせがありました。つきましては、

1.先方より○○時に再度入電予定あり、引き継ぎ対応をお願いします。

2.弊社△△より○○時に折り返す旨を伝えました、引き継ぎ対応をお願いします。

  →折り返し連絡先:65-1234-5678

※1.か2.に〇をつけ担当者に引き渡してください。 

 

電話は基本的に折り返し対応とし、基本的に折り返さないという業務フローが正解だと信じている(笑)。

いや、適当に折り返すんだけど、「せっかくお電話をいただき恐縮ですが、弊社大変混雑しておりまして、新規の案件をお引き受けできない状況となっています」と回答し、電話による仕事は原則として引き受けない(よほどのメリットがあれば別)。だって、電話をかけてくる時点で私は自動的に面倒くさい顧客認定するのだから。

電話で仕事を引き受けることは、自ら課したルールに違反することになり、例外だらけになってしまい、優先順位のフローに収集がつかなくなってしまう。

それが例え大型案件であってもその利益を放棄できる勇気がなければ、それと引き換えに私自身が破滅してしまう。

「私はアナログ世代だからどうしても電話で、、、」という方がいるが時代とともにルールそのものが変わった以上、ルール変更には従ってもらう必要があると思う。

極力柔軟には対応するが、基本的なルールは守ってもらう(例:電話→指が使えない方、メール→声が出せない方など)。それができない人間とは一切付き合わない。

私はトレーダー出身なので、ルールを破り例外を作ることのリスクを誰よりもわかっていると思っている。
時として、自分が決めたルールを破って大きな収益を得られることもある。
でも、それは一時的な所得(スポット収益)であり、そこから継続・反復性は生まれないのだ。

こういう事を書くと、「それではこれからユーディーさんに電話できなくなるじゃないですか」と言われてしまいそうだけどそれでいいんだよ笑。

会った時にゆっくり話すればいいんだから。

私の言いたいことはとてもシンプルで、「いきなり電話かけて来んじゃねーよ」ということ。

マジで、マジで
「いきなり電話かけて来んじゃねーよ

狂喜乱舞か狂歌自滅か?~ビットコイン相場はバブルか~


ビットコインがヤバイ

ついにチューリップバブルを越えて、歴代トップになってしまったらしい。

CONVEY

出典:「convoyinvestments.com」

というか、もはやキチガイの領域だと思う

しょせん取引の手段のひとつに過ぎない仮想通貨がなぜこんなに高騰しているのか?

完全にマネーゲーム化していて、なぜ上がっているのか合理的な説明をすることは不可能だ。


バブルというのはいつもそうだ。

買うから上がる、上がるから買う


それだけのことだ、理論的根拠は何も無い。。。

果たして、

ダンスフロアのライトが消灯した時、最後まで踊り続けているのは誰なのだろうか?


BTCUSD
↑BTC/USD(1212日現在

BTCJPY
↑BTC/JPY(1212日現在


ビットコインは今年(
2017年)に入ってから10倍の値上がり、先週(12月第1週)だけでも2倍の値上がりを果たした。

201712月現在、株式や為替などの伝統的な資本市場が比較的穏やかな動きを見せる一方で、ビットコイン市場は明らかに異常な変動率を記録している。わずか数日で価格が2倍にも3倍にもなり、その後平気で3040%下落したりする。

ビットコイン相場をモニタリングしていると、もはや株式や為替などが止まって見えてしまうレベルだ笑

***

さて、歴史を紐解いてみると、

まず、先物取引が始まりレバレッジ規制が緩和され、大口参加者による空売りが可能となる。

次に、それまで投資に縁がなかった一般人がこぞって話題にし、取引を始める。

最後に、現状はバブルではないと唱えだす者が急増し、大衆から一定の支持を集める。


現在のビットコインの状況を見ると、バブル終焉の時期に見られる特徴とすべて重なる(ような気がする)。

現在のビットコインの現状を考察すると、「通貨」というよりも、一部の素人による投機目的でのトレーディングが主体であり、チューリップバブルというよりもチューリップそのものだと考えたほうが適切な表現ではなかろうか...。

"ビットコインは通貨ではない、チューリップだ" 

ECB副総裁


以下、何点かビットコインについての考察。

その前に...。

***

【貨幣の本質とは】

まず、貨幣の本質は「商品」ではない。貨幣の本質とは「信用」である。

各国が発行する法定通貨には「金利」がつき、長期で保有することにより一定のリターンが期待できる。なので配当益(インカムゲイン)を目的とした保有目的で活用することができる(日本円は相変わらず低いが)。

一方、ビットコインは現在「貨幣」として認められる段階には至っていない。ビットコインの本質は「商品」であり、金利という概念が存在しないため、長期的に保有していても利子がつかず、売買益(キャピタルゲイン)狙いの取引が主体とならざるを得ない。これはゴールドだって同じだ、ただ持っているだけでは金利がつかないのだから、どこかのタイミングで売却する必要がある


1929
年にニューヨークのウォール街から始まった世界恐慌の影響により、1931年に日本政府は紙幣とゴールドとの交換を停止した。その後、1942年に公布された日本銀行法により、名実ともに金本位制を離脱し、現在につながる管理通貨制への移行を果たした。

つまり、今日ではもはや紙幣や硬貨はゴールドとの交換は約束されなくなってしまったわけだが、今でも
1万円札には1万円の価値がある。なぜなら、私たちがその紙切れに1万円の価値があると本気で信じているからだ。

1万円札で1万円分の買い物ができる理由は、私たちみんながそれを1万円の価値があると信じているからだ。ビットコインは「商品」であって「貨幣」ではない。果たしてビットコインはその段階まで到達できるのだろうか?

ヒトは本来的には物々交換をする生き物だ。

しかし、物々交換が社会と経済の根幹をなしていた時代は経済史を読む限り、一度もそのような事実は存在していない。
もっとも、私たちがまったく物々交換をしないわけではない。交換手段として物々交換を行ってきた民族は一定数存在するし、私たちだって時には物々交換を行う。


人類が進化の過程で記録を残すようになったのは、決して歴史や文学を記録するためではなかった。

それは経済的な取引履歴を残すために、記録システムと、そして文字を発明したのだ。


もしかしたら、ブロックチェーン(
分散型台帳技術)はそれらに代わる新たな価値を創造しようとしているのかもしれない。


***


ビットコインの概要】


ビットコインは非中央集権型の通貨であるため、発行体が存在しない。発行体が存在しないということは金融政策が存在しない。金融政策が存在しない以上、ビットコインを始めとした仮想通貨は国が金融政策に一切介入できない仕組みとなっている。

つまり、市場原理のもと、
需要と供給のみで価格が形成されていくことになる。

国家による影響を受けないということは、ゴールド(金)と同じような「性質」といえる、ゴールドもビットコインも国家が供給量を調整できないからだ(こんな事を書くと怒られるかもしれないが「本質」とは言ってない)。※国家は供給量を調整できないが、規制をかけることで対抗しようとする。

金価格は今から約20年以上前の1998年当時から比較すると10倍以上に暴騰しているが、誰もバブルと言わないところを見ると、ビットコインもバブルではなく適正価格に向けて価格調整をしているという解釈も可能である。もっとも、ゴールドには信用担保があるが、ビットコインには裏付けとなる担保が存在しないことには注意が必要だ。

ビットコインはしょせん電子上の数字が増えたり減ったりしているだけだ。無事に法定通貨に変換し、無事に取引所から出金確認できるまではね...。

***

【ビットコインの上昇要因】


ビットコインには一定の実需があるということは事実として認識しておく必要がある。

世界の圧倒的多数の人口比率を占める新興諸国では、「自分がお金を預けている銀行が倒産するかもしれない」と考える人や「自国の政府が発行する紙幣が信用できない」と考える人の割合が圧倒的に多い。

伝統的にみれば、このような人たちは自国通貨を米ドルに変えたり、スーツケースに詰めて庭に穴を掘って埋めておくことで、自分たちの資産を保全していた。しかし、これでは盗難リスクが伴うし、そもそも米国経済が破たんしてしまえば、スーツケースの中身はただの紙くずになってしまう。

また、同じく新興国の政府官僚などには、汚職によって得た違法収益を誰にも知られずに隠ぺいしたいというニーズが一定数存在する。これはマネーロンダリングを行うテロリストたちにも同じことがいえる。これまでの彼らの上等手段はタックスヘイブンの秘密口座に隠しておくことだった(少なく見積もっても世界経済の10%くらいは地下経済で成り立っていると思う)。だが、最近ではタックスヘイブンはCRS(=情報交換協定、各国の非居住者口座を居住国の税務当局に自動交換する仕組み)の運用開始により非常に使い勝手が悪くなった。うっかりしていると、いつ口座が凍結されるかもわからない。

そんな中で登場したのが仮想通貨ビットコインである。ビットコインは彼らのニーズを見事に汲み上げてみせた。

ビットコインを構成するブロックチェーンはその仕組上、全ての取引台帳が記録されてしまうものの、全てがナンバリング(数字と文字の羅列)によって管理されるため、あっという間に匿名口座が開設でき、資産を保管するには安全性の高い仕組みが出来上がるというわけだ。

実際、ビットコインの実需は圧倒的に新興国に多く偏在し、インターネットさえ接続できる環境さえあれば、世界中どこからでも取引所にアクセスでき、またどこの国でも保有することができ、低コストで資金移動をすることができるわけだ。つまり、将来的にはさらにビットコインの実需が波及する可能性は十分にあり得る(実際にジンバブエがハイパーインフレになった際、法定通貨が日々目減りするのにあわてて、ビットコインの実需買いに走り、市場価格より割高な価格でも取引が成立したという。仮想通貨は国家に信用がない新興国にこそ価値を発揮するということの一例である)。

もっとも、これらの要因以外にも店舗でビットコイン決済ができたり、海外留学中の子弟に送金したり、といったニーズもあることはあるが、実需と呼べるほどの経済規模はないと思う(現時点で誰も決済に使っている人を見たことがない)。


***

【ビットコインの下落要因】


ビットコインの下落要因は大きく2つあり、ひとつは国家介入によるカントリーリスク、もうひとつは代替通貨への転換が挙げられる。

ひとつはビットコインの取引量はアメリカと日本、中国の3ヶ国で相当の市場シェアを占めているため[※1]、これらの国が徹底的な規制を入れて来たときは一時的な暴落が起こることは間違いないだろう(結局、非中央集権型の通貨であれ、完全に国家の中央政府からは切り離すことはできないのだ)。

しかしながら、ビットコインはそれらの政治圧力を跳ね返すだけのエネルギーを持っていることも事実だ。今年の9月中旬には中国政府が国内の取引所を停止し、その結果大きな不安が走りビットコイン価格が一時的に大暴落した。しかし、暴落相場はわずか3日足らずで元の水準を回復してしまった。さらには中国は11月からビットコイン取引を再開させたことで、さらなる相場加熱状態を演出した(マイニングプール大手はほとんどが中国勢なので、利益を上げさせて自国から出させないやり方が賢明と判断したのだろうか)。

日本だけで取引量が4割を超えるとも言われている、日本国債の大半を日本の金融機関が買っているのと同じようなイメージ。というか、中国系企業のマイニングプールで採掘したビットコインを日本人が高く買っているのが高騰原因ではないのかw(元建て取引はほぼゼロ状態になっている、下記参照)


もうひとつの下落要因はビットコインが他の仮想通貨に取って代わられる可能性があるということだ。
仮想通貨には現在1,000種類以上もあるといわれているが、世界の資金が集中するのは、今のところ圧倒的にビットコインである(仮想通貨マーケットの市場規模から概算して、ビットコイン、正確にはビット系の市場占有比率はすでに6割の市場占有率を持っている)[※2]

つまり逆説的に考えると、どれだけ新しい仮想通貨が出てきたところで、世界の多くの人々がビットコインを支持しているということが仮説として成り立つことになる(この点がビットコインの優位性であり、先行者利益であるともいえる)。

現在の仮想通貨市場ではビットコインが実質的に仮想通貨の世界では仮想通貨となっている。しかし、それが他の通貨に取って代わられるようなことがあれば、ビットコインの相対価値は下落していくことだろう。

(個人的にはイーサリアムにがんばってほしい)

(個人的にはイーサリアムにがんばってほしい)

サイバー攻撃で大量のビットコインが紛失した場合は逆に値段が高騰する。この場合、紛失したわけではなく、誰かのもとに渡ったのと同義なので、盗んだ人間が一気に売却せずにホールドした場合は、浮動比率が低下し、価格は上がる要因となる(供給量をコントロールできないため)。

***


◇ ビットコインはこれから上がるのだろうか?それとも下がるのだろうか?

私の考えでは、もし、ビットコインが仮想通貨の基軸通貨としてでなく、現実世界の国際通貨として成長すると仮定した場合、ビットコインの時価総額が20兆円前後であることを考えると、通貨供給量としては不十分である。

さらに予め埋蔵量が決まっている通貨なので、供給量は先細りとなり、需要が増えれば必然的に価格は上がって行くだろうと思う。

ビットコインはまさに今この領域に到達できるか、通貨としての本質的価値を提供できるかどうかに全てがかかっているともいえる。


◇ ビットコインは今はバブルなのか、それとも適正価格なのか?

私の考えでは、これはわからないと回答せざるを得ない。だってわかんないんだもん#$%&☆§。


なぜならば、ビットコインには相場感というものがなく、適正価格(フェアバリュー)が計算できないからだ。

感覚的には「よぉー、バブってんな~」とは思うが、これまで幾多のトラブル(マウントゴックス取引所の破たんや
ハードフォーク問題、中国の取引所問題など)で下落を繰り返しながらも価値を落とすどころか、逆に価値を上げてきた経緯があることを考えると、これらを広義の調整局面とみなすこともでき、緩やかに適正価格(?)に向けて、上昇しているという解釈(拡大解釈)も成り立つ。


だから、バブルバブル!といいつつも、正直なところはわからない。

***


【世紀の空売りチャンス到来か?】

去る1210日にCBOEに上場、初日から24%も値上がり、ビットコインは華々しくウォール街デビューを飾った。


ビットコイン先物の値動きは、これまでと変わらない乱高下そのもので取引を終えた。サーキットブレーカーが2回も発動する事態に陥り、値上がりには一層の弾みがついた一方で、投資家にはさらなる不安を増幅させる結果となった(原資産価値を13%も上回るプレミアムが付いた、もはや意味がわからんw)。


現在、ビットコインが史上最高値であることは言うまでもない。10日からCBOEが上場し、この後18日にはCMEへの上場が、来年にはNASDAQへの上場が控えている。

今まで現物市場しかなかったところに、複数の先物市場に多元上場したらどうなるのだろうか?

今回の先物上場は、投資家に空売りの手段をもたらすが、ほぼ素人だけで構成されているマーケットに圧倒的資金力を持つ機関投資家が参入してきたらどうなるのだろうか?

私の知る限り、大多数の素人で構成されている市場に、後から機関投資家が参入するパターンは始めてみるケースだ。しかも、その商品の現物は発行体を持たないのだという。

とても興味深い。

ビットコインの現在のマーケットは、約6割の投資家がホールドし浮動比率は4割程度と言われている。現在のマーケット規模が20兆円程度と仮定し、その4割だと8兆円が浮動比率となる。

これくらいのマーケット規模だと、機関投資家レベルであれば十分に市場操作(切り崩し)ができてしまうレベルだ。

私の予想では、上場直後にいきなりショート(空売り)で仕掛けてくる可能性もゼロではないが、おそらく機関投資家の多くはいったん大きく買い上げる。そして、90°に近い角度の急騰劇を演じ、その後本格的なショートで切り崩しにかかるのではないかと思う。

少しでも高い位置から値崩れさせたほうが、買い玉のロスカットを巻き込みながら暴落相場を形成することができ、膨大な利益を手にすることができるからだ(※予めプットオプションを敷き詰めておき、上から先物のショートで切り崩せば、インザマネー(ITM)で収益が数百倍に跳ね上がる。むしろこっちのほうがバブルだな笑)。

マーケットの世界にモラルは通用しない、" Winner takes all(勝てば官軍)"がこの世界の鉄則だ。

***

ビットコインは短期的には急騰→大暴落、その後長期にわたって緩やかに上昇を続けていくように思う。

ビットコイン先物が上場し、投資環境がようやく整おうとしている。だから一時的に値崩れを起こすことは前向きに捉えれば好転反応だと思うし、機関投資家が本格的に参入すれば、ビットコイン価格はむしろ高値圏で安定していくのではないかと思う。


これがチャンスだと思えば空売りの準備をすればいいし、怖くて手が出せないなら下がった時に買えばいい。また、何もせずに見送るという選択肢もありだと思う。あくまでも投資は、いや投機は自己責任でお願いしたい...。

マーケットは常に変動する。上がったものは下がり、下がったものはやがて上がる。

そしてバブルというのは手を変え、品を変え、何度となく私たちのもとにやって来る。

いつの時代もそうだろう、人々の過度な期待感からこの奇妙な現象は生まれ、人々の欲望によって育てられていくのだ―

 

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